特別編「屋島の合戦」
談古嶺(香川県高松市)
一ノ谷で敗れた平家が陣を構えた屋島は、現在は高松市内と地続きですが、当時は独立した島でした。
西の制海権を握り、大規模な船団を率いる平家に対し、水軍を持たない源氏軍は圧倒的に不利。
さらに軍の内部では、梶原景時と源九郎義経の対立が深刻さを増していました。
このため、義経はわずか5艘の船で暴風雨を突いて出航、屋島に電撃的な奇襲をかけます。
……というのが史実。
『遙か3』では、将臣くんを除く八葉全員が仲良く出陣していますね。
上書き前は、将臣くんは壇ノ浦方面にいたようで、屋島には清盛と知盛、忠度さん、尼御前、安徳天皇がいたことになっています (史実では忠度さんはすでに一ノ谷で死亡、知盛は壇ノ浦にいました)。
この談古嶺は、屋島の三大展望台の一つで、眼下に主要な戦場を見ることができます。
譲くんの右肩のすぐ左にあるオレンジの屋根のあたりに、那須与一が馬に乗って扇の的に矢を放った駒立岩、その少し奥に的中を祈ったという祈り岩があります。
現在はかなり埋め立てられていますが、当時はもっと対岸との距離があった、つまり容易には渡れなかったようです。 この入り江は「檀ノ浦」と呼ばれ、奇しくもこの後平家が落ち延びて行く壇ノ浦と同じ「音」。
展望台の手前には屋島寺(下左)があり、源平の武士が刀を洗ったため池の色が染まったという「血の池」(下右)が残されています。
同じく屋島の山上にある屋島山上水族館のディスプレイ(下左)。
このほかにも源平合戦の有名な場面が、扇絵とともに紹介されていました。
現在の屋島は、こんな形をしています(下右)。
屋島に泊った夜には、雪が降りました。
山上はこんなすごい雪景色(下左)。
ゲーム画面の雪を思い出して、宿のベランダで急遽記念撮影しました(下右)。
ところが翌日、市街地に下りてみると、雪はゼロ。
屋島は300メートル弱の標高ですが、ここまで気候が違うのかと驚きました。