約束の日 ( 4 / 6 )
「そうだ。しゅうげんって何?」
今回の譲くんは、ゲホゲホと咳き込むだけで済んだ。
今朝の朔の反応もあったので、荷物を持っていなくて、口にも何も入っていないときを選んで聞いたのだ。
お弁当を食べるために腰掛けた川縁で、譲くんはすごい勢いで赤くなった。
「……せ、先輩、やっぱり知らなかったんですね」
「うん。三日通いって何?」
私の言葉に、さらに顔が赤くなった。
ものすごく逡巡した後、ようやく口を開く。
「………………………けっ」
「……けっ?」
間があく。
さっぱりわからない。
うつむいて、絞り出すように次の言葉が出てくる。
「…………………こん……」
「こん……」
2つの言葉が突然つながる。
「え〜っ!!?? 結婚っ!!????」
「せ、先輩、落ち着いて〜〜!!」
(それで、祝言は嵐山に移ってから挙げるのか? それとも移る前か?)
九郎さんの言葉がよみがえる。
「……九郎さん、そんなこと聞いてたんだ……」
ようやく昨日の話を理解して、私はつぶやいた。
「あの、みんな誤解してるんです。俺がずっと先輩の看病していたから」
「誤解?」
譲くんが、目をそらしたまま一生懸命説明する。
「公家には、男性が女性のもとに三日続けて通ったら、結婚が成立するというしきたりがあるんです。それが九郎さんの言っていた三日通いというやつで……」
「……譲くんと二人きりでいたのって、ちょうど三日だったっけ……」
コクンと譲くんがうなずく。
そうか、だから……。
「一応、誤解は解けたみたいですから安心してください。本当にすみませんでした」
その言い方がちょっと引っかかった。
私は、赤くなっている横顔を見ながら尋ねる。
「……譲くんは、私をお嫁さんにする気はないの?」
バッと譲くんがこっちを向く。
「俺は先輩以外の人と一緒になるなんて、考えたこともありません!」
何のためらいもない言葉。
言い放った譲くんは、「あっ」という顔をして固まっている。
私も顔だけがギューンと赤くなっていくのを感じた。
「あ、ありがとう」
「い、いえ、すみません。唐突に」
二人してうつむいてしまう。
くすぐったいような沈黙が続く。
私は、譲くんの手に自分の手を重ねた。
彼が顔を上げた気配がする。
「……だったら……、嵐山に移る前がいいな……」
「え?」
声が近くて、前髪がわずかに揺れる。
「譲くんが嵐山に移ってから私が追いかけていくんじゃ、一緒にいられない日ができちゃうから……。
一緒に移れるように、その前が……」
「……先輩……」
譲くんの手が、私の手を包んだ。
「俺に、気を遣う必要なんてないんですよ。
そんなに急いで、もし後悔することになったら……」
「私は、譲くんを守りたくて白龍のところに行ったんだよ」
顔を上げて、すぐそばの瞳をまっすぐに見つめる。
驚いて見開かれるのを見ながら
「だって、私は譲くんが一番好きだから。
誰よりも、自分自身よりもずっと譲くんが大切だから。
ようやくまた会えて、もうこれからは一日だって離れていたくないの」
と、心の中の想いを吐き出した。
沈黙。
やがて、柔らかく手を引かれて、ぎゅうっと抱きしめられる。
「……だめですよ、先輩」
頭の上から声が降ってきた。
「それは俺の気持ちです。俺が言うべき言葉です。
先輩が先に言っちゃうなんて…反則だ」
うれしくて、また視界がぼやけだした。
「もっともっと言いたいことあるよ。譲くんが飽きちゃうくらいに」
「絶対飽きません。でも、その前に俺に言わせてください」
すっと身体を離して、正面から見つめられる。
生真面目な、澄んだ瞳。
「あなたを……愛しています。心から、誰よりも深く愛しています。
俺と……結婚してください」
ついに涙が頬をつたいだした。
「愛してる。譲くんを愛しています。ずっと、一生そばにいさせてください」
もう一度、しっかりと抱きしめられる。
結婚するんだ。
譲くんと。
誰よりも大好きな、大切な、愛する人と……。
私はいつまでもいつまでも、広い胸にしがみついていた。
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