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約束の日 ( 3 / 6 )

 



「おはよう、朔!」

「おはよう、望美。さすがに今日は張り切って起きたのね」

廚に行く途中、簀子縁で立ち話が始まる。

「起きたっていうか、……起こされた。
ヒノエくんにあんな大見得切っておいて、昼まで寝てるわけにはいかないでしょうって」

問答無用で衾を引きはがされたことをちょっと恨みがましく思い出す。

ふふっと朔が微笑んだ。

「譲殿らしい理屈ね。今、廚でがんばってお弁当を作っている最中よ。
驚かせたいって言っていたから、覗かないほうがいいんじゃない?」

「そっか……」

方向転換して広間のほうに向かいかけ、私はふと思い出した。




「そうだ、朔、しゅうげんって何?」

朔が、派手な音を立てて持っていた盆を取り落とした。

よっぽどインパクトのある言葉らしい。

「大丈夫? 何も壊れなかった?」

盆から落ちた物を拾いながら尋ねる。

一緒に拾いながら、朔がため息をついた。

「……やっぱり望美、わかっていなかったのね。昨日、反応がないから心配したんだけど」

「昨日は疲れてすぐ眠っちゃったから、譲くんにも聞けなくて」

手を止めて朔が考え込む。




「……そうね。でもやっぱりそれは、譲殿に聞くべきね。
お弁当を食べるときにでも切り出してみたらどうかしら」

「……うん、わかった。何だかちょっとおおげさだね」

私が笑ってみせると、朔が真剣な目で私を見つめた。

「とても大切なことだから、二人できちんと話すのよ。いいわね、望美」

漆黒の瞳に吸い込まれそうで、

「うん」

と素直にうなずいた。



* * *



空が高い。

穏やかな秋の日差しを浴びて、鴨川の川面がきらめいている。

空気は澄み渡り、少しひんやりした風が頬を撫でる。

ついこの間、壇ノ浦で早春を感じたばかりだというのに、辺りはすっかり秋の気配で、それが私を少し混乱させた。

知ってか知らずか、譲くんが穏やかに話しだす。

「そういえば、兄さんから何通か手紙が届いてるんですよ。今度見せますね」

「将臣くんから?!」

「ええ」と、譲くんがうなずく。

「途中で奪われたときのための用心なんでしょうけど、横文字使いまくりのすごい文面ですよ。
確かに、この世界では暗号がわりになるけど」

へーっと感心した。

「将臣くん、英語そんなに書けたんだ。見直しちゃった」

授業中にさぼったり、爆睡したり、早弁したりしている印象が強かったが、確かに成績はよかった。

「いや、まあ、英語も混じってますけど、『こっちのfamilyはみんな元気だ。emperorも毎日外を走り回ってるぜ』みたいな感じかな」

「何それ?! 変なガイジンみたい」

二人で爆笑する。




「じゃあ、私もそういう文面で書こうかな。autumnの京はbeautifulです、とか」

「先輩、それ、全然隠す必要がない情報ですよ」

「あ、そうか」と舌を出して笑う。

日だまり。

あの空間で憧れていた、他愛のない、かけがえのない時間。

譲くんの着物の袖にパフッと顔を埋める。

こらえきれずに流れ出す涙を、譲くんが空いているほうの手でそっと拭ってくれた。

「こ、これは」

「うれしくて泣いてるんですよね」

「……」

譲くんの腕にすがって、しばらく泣き続けた。

その間彼は、ずっと髪を撫でてくれた。

ここに戻れてよかった。

この人とともにいられてよかった。

思うたび涙は溢れ出すのだった。




「あ〜もう、絶対すごいブスになってる」

ようやく泣き止んで、目をゴシゴシこすりながら私が言う。

「そんなことないですよ。でも、あんまりこすると赤くなっちゃいますから」

そっと手を止められて、私は頬を染める。

「……だめだよ。譲くんはいい人すぎるよ。なんか申し訳なくなっちゃうよ」

「何が申し訳ないんですか? 俺は、……すごく幸せですよ」

ストレートに言われて、思わず顔を見上げた。

穏やかで、優しくて、大好きな微笑み。

また涙腺が刺激される。

「せ、先輩、もう泣かないでくださいよ」

「が、我慢する」

顔に力を入れて、一生懸命こらえている様子を見て、彼がクスッと笑った。

ああ、譲くんが笑ってくれる。

それだけで私はこんなにも幸福だ。

黙って彼の胸に頭を寄せた。

この時間が永遠に続けばいいと思いながら。






 
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