約束の日 ( 2 / 6 )
「と、とにかく、ねえ、弁慶、さっき話していたこと、二人に言わなきゃね〜」
景時さんが、素っ頓狂なほど明るい声で切り出した。
あまりに場にそぐわないので、朔にジロリとにらまれる。
「や、やっだな〜、にらまないでよ、朔」
「兄上はいつも唐突なんです」
弁慶さんがにっこりと微笑む。
「望美さんが戻る前にはとても切り出せなかったのですが……」
譲くんが、自分に関する話らしいと気づいて向き直る。
「譲くんに、六波羅の仕事をしてもらえないかと思っているんです。ねえ、九郎」
力強くうなずいて、九郎さんが続ける。
「ああ、平家との戦が終わったと言っても、この京でなすべきことは多い。
治安の回復、焼け出された人々の救済、農村の振興、人手はいくらあっても足りないくらいだ」
私はギュッと譲くんの袖を握った。
不安そうな顔色に気づいたのだろう、景時さんがあわてて付け加える。
「だ〜いじょうぶ、飽くまでも文官の仕事だよ。
大半は出仕しなくても済む書類仕事だから、万が一六波羅周辺で不穏な動きがあっても、譲くんが巻き込まれることはないよ。
ほら望美ちゃん、そんなに心配しないで」
「先輩」
譲くんが、私の手を包んで穏やかに微笑んだ。
私はようやく息をつく。
手を取ったまま、譲くんが弁慶さんに答えた。
「実は、俺からもお願いしようと思っていたんです。
住むところは、嵐山の星の一族の方たちがぜひにとおっしゃるので、甘えようと思っていたのですが、生きていくために仕事は必要ですから」
朔が意外そうな声を出す。
「あら、没落したとはいえ、あの一族には十分な領地があるはずよ」
「朔ちゃん、こいつが毎日遊んで暮らすと思うのかい?」
ヒノエに言われて、朔は「失礼」と頬を染めた。
「俺は、この世界で生きていくのに必要なことを、一日も早く身に付けたいんです。
スタートは……出発は人より遅れたけど、可能な限り早く追いつきたい」
「ああ、譲は努力家だからな。俺などあっという間に追い抜かれてしまうだろう」
九郎さんが言うと、「九郎、冗談になりませんよ」と、弁慶さんが鋭く突っ込んだ。みんなに微笑みが広がる。
譲くんは、この世界で生きていく手段を真剣に考えだしている。
私には何ができるだろう。
記憶よりも少し大人びた横顔を見上げながら、思いを巡らせていた。
「それで、祝言は嵐山に移ってから挙げるのか? それとも移る前か?」
九郎さんが言った途端、譲くんが白湯を盛大に吹き出したのに驚いた。
「ゆ、譲くん、大丈夫?」
「は、ゲホッ、はい、ゲホッ」
私が背中をさするのを見て、九郎さんがキョトンとする。
「何だ? 俺は何かまずいことでも言ったか?」
「……どうやら……多少時期尚早だったみたいだね」
ヒノエくんがニヤニヤ笑いながら答える。
「だが、公家式の儀式はよく知らんが、三日通いとやらも終わったのだろう?
それとも公家では祝言は必要ないのか?」
「く、九郎さん、俺は看病してただけです!」
譲くんが必死に抗弁した。
その途端、なぜだか場の空気が緩む。
「……なんだ」と九郎さん。
「ふうん、じゃあまだ決まりってわけじゃないんだ」とヒノエくん。
「それは……いいことを聞きました」と弁慶さん。
「ちょ、ちょっと待ってよ〜、みんな。今さら何言ってるんだい」
「そうよ、望美は譲殿のもとに帰ってきたのよ。変な気を起こさないでちょうだい」
梶原兄妹が必死に言うのを、私だけが一人蚊帳の外で聞いていた。
しゅうげん?
「今宵は神子の帰還を八葉が寿ぐ宴……。まずはそれだけでよいのではないか」
先生の一言で、ざわついた座が一気に静まる。
敦盛さんが、控えめに微笑んで
「神子……あなたに再び会えて、これに勝る喜びはない。
どうかゆっくりと、心穏やかに暮らしてほしい。
これは八葉全員の、心からの願いだと思う」
と言った。
「敦盛の言うとおりだ。神子、おまえの幸せが八葉の願い。
それを忘れてはいけない」
先生の深く蒼い瞳が、優しく細められる。
帰ってきたのだ、この空間に。
私はようやく、心の底からそう感じることができた。
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