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桃虎参上 ( 5 / 6 )

 



「先輩! 大丈夫ですか?」

視界に飛び込んで来た譲の顔。

戦装束ではない。

温かい手の感触。

譲の肩越しには部屋の天井が見えた。

「……あ……」

「目が覚めましたか? ずいぶん、うなされてましたよ」

ほっとして、微笑みながら手首を離す。

ベッドが沈んで、譲が横に座ったのがわかった。

「悪い夢だったんですね」

頬を濡らす涙を長い指で拭う。

望美はその手を包んで、そっと口づけた。

「先輩……!?」

譲が真っ赤になる。

「譲くんは、どんなときでも私を見つけてくれるんだね。うれしかった」

「え……?」

(夢の中で……?)

まだ起き抜けで混乱しているのだろう。

望美の潤んだ瞳を見ながら譲は思った。

だが、夢の中でも、現実でも、伝えたい言葉はいつでも一つ。

「俺は……先輩を見失ったりしませんよ。どんな時でも」

「うん……」

譲の手に、望美が目を閉じて頬を寄せた。




「それで……具合はどうですか?」

「具合……?」

「気持ち悪くありませんか?」

「……………………」

はっと息を呑む声が聞こえて、望美がガバッと起き上がった。

「い、今何時?! っていうか、ここは譲くんの部屋?!」

「ええ。実家じゃなくて下宿のほうです」

「な、なんで私、ここにいるの?!」

「大丈夫そうなら……まずは何か食べたほうがいいですよ」

ぐ〜〜〜っと、絶妙のタイミングで望美のお腹が鳴った。




いつもの3倍ぐらい時間をかけて、ようやく薄味のおかゆを食べ終える。

譲がいれてくれたほうじ茶が、天上の飲み物のようにおいしかった。

「こんなに少食な先輩は滅多に見られませんね」

「………」

「大丈夫ですか? 気持ち悪い?」

「……一言も反論できなかっただけ」

ぷっと譲が噴き出す。

「ぜひ、おおいに懲りてくださいね」

「は〜い」

ふてくされて脇を見ながら答える望美を、譲は楽しそうに見つめていた。




「譲くん、口、すすがせてもらっていい?」

立ち上がりながら望美が言った。

「あ、歯ブラシ買っておきましたから、使ってください。
それと、もし元気があるならシャワーも浴びてください。
バスタオルと着替えのTシャツと……
コンビニので悪いんですけど、下着も買っておきましたから」

「えっ……!!?」

びっくりして譲を見る。

「ご……ごめん、そんな、恥ずかしかったでしょ?」

「まあ……それなりに……。でも、特に怪しまれませんでしたよ」

眼鏡を中指で押し上げながら、譲が赤い顔で言った。

「じゃあ……ご好意に甘えちゃおうかな」

「ご遠慮なく」

「……一緒に入る?」

ガラガラガッシャンと見事にずっこける譲を見て、望美はようやく一本取り返した気がした。



* * *



腕の中に石鹸の香り。

そして、シャンプーの香り。

Tシャツをまとっただけの温かく柔らかい最愛の人を抱き締め、長い口づけを交わす。

でも、今日は啄むように、軽く。

負担をかけないよう、軽いキスを何度も繰り返す。

「……譲くん……?」

いつもより控えめなことに気づいて、望美が顔を離し、見上げた。

「今日はこのぐらいのほうがいいでしょう? 先輩、疲れてるんだし。
あんまり熱烈にお休みのキスをすると、俺……止められなくなります」

望美が真っ赤になる。

「あ……あの……」

俯いたまま、言葉を探している。

それを微笑みながら見つめると、譲は言った。

「ひとつだけ、わがまま言ってもいいですか?」

「え?」

次の瞬間、ふわりと抱き上げる。




目の位置が突然高くなって、望美は焦る。

「譲く……!」

「……リハーサルです」

(な、何の?)と問う余裕もなく、譲の首にしがみついた。

ゆっくりと部屋を横切り、ベッドの上に静かに下ろされる。

そのまま、譲がおおいかぶさって来たので(リハーサルってどこまで〜!?)と、望美は心の中で叫んだ。

首筋、耳元、頬---愛おしむように唇がたどる。

最後に唇に長めのキスをすると、ちょっと残念そうに譲が顔を上げた。

「ここまでです」

思わず安堵の溜め息が洩れる。

「ひどいな」

「ち、違うの。嫌なわけじゃなくて」

「なくて?」

「か……覚悟が……その、まだ……」

もう一度、唇が下りてくる。

「じゃあ、今度までに、覚悟しておいてください」

「はい……」

軽いキスの後、譲は身を起こすとベッドから立ち上がった。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

明かりが消え、譲が部屋の向こう側で布団に入った気配がしても、まだ、望美の心臓はドキドキと高鳴っていた。








 
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