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桃虎参上 ( 4 / 6 )

 



「あ、こんにちは。お隣の有川です」

「譲くん、望美はどうしてる? ご迷惑かけたんでしょうねえ」

「それが……」

バスルームのほうをちらっと見ながら、譲が続ける。

「ひどい二日酔いみたいで、夜明けからバスルームにこもりきりなんです」

「まあ……!」

望美の母が絶句した。

すでに午後3時。

ほぼ半日をバスルームで過ごしていることになる。

「それで、今日は俺が家まで送っていこうと思っていたんですが、とても電車に乗れるような状態じゃなくて……。
幸い明日は日曜ですし、もう一晩先輩をお預かりしてもよろしいでしょうか」

「でも……、そんなゲロゲロ娘がいつまでもいても迷惑でしょう?」

望美の母のストレートな表現に、(親って容赦がないな)と思いつつ、譲は言った。

「いえ、もうちょっと体調が整うまでここにいてくれたほうが安心です。
明日はなるべく早い時間に、俺が責任もって送っていきますので」

大きな溜め息が受話器の向こうで聞こえる。

「本当にごめんなさいね、譲くん。そこまで酔っぱらったのは初めてなんだけど。
いったいどんなコンパだったのかしら。もう〜、帰って来たらお灸を据えないと」

(ホモネタで盛り上がったみたいです)とは言えず、「さあ……」と言葉を濁して譲は電話を切った。




何せ、水を飲んでも吐いてしまう状態なので、譲もどうしようもない。

望美の邪魔をしないよう、何度目かのトイレ外出をして、戻ってくるとバスルームから長々と足が伸びていた。

「……先輩?」

ドアの向こうを覗くと、闘いに疲れきった望美が、やっと訪れた眠りを貪っている。

床の上に寝かせておくわけにもいかず、起こさないようにそっと望美を抱き上げると、ベッドまで運んだ。

「……もう、こんな無茶はやめてくださいね」

ぐっすりと眠っている寝顔にささやくように話し掛け、静かにキッチンに向かった。



* * *



喉が焼けつくようだ……。

夢の中で、望美は戦場をさまよっていた。

仲間とはぐれ、食糧もなく、襲い来る怨霊を倒しながら必死で味方の陣地を目指す。

「陣地までたどりつけば、きっとみんなが迎えてくれる!」

その希望だけを頼りに、自分のものとは思えないほど重くなった身体をひきずっていた。

よろめきながら林を抜けると、ようやく視界に見慣れた人影が現れる。

「みんな……っ!!」

弁慶と景時、九郎は絵図面を見ながら何事か話し合い、リズヴァーンと敦盛、ヒノエは思い思いに武具の手入れをしている。

ひとり離れて座っている譲は、何も手に付かないというように、苛立たしそうに自分の手を見つめていた。

「心配かけてごめんなさい!!」

声を限りに叫ぶ。

しかし、かすれてしまってほとんど聞こえない。

(この喉の痛みのせいだ)

仕方なく、陣に向かって棒のようになった足を進める。

一歩、また一歩。

しかし、こちらがとっくに見えそうな位置に近づいても、八葉の反応はなかった。

「みんな……?」




そのとき。

ぐにゃりと、妙な感覚が手に触れた。

「?」

目には何も見えない。

しかし、もう一度手を前に突き出すと、確かにそこにある。

弾力のある壁が、陣地と望美の間に立ちはだかっているのだ。

「な、何これ?! このせいでみんなから私が見えないの?」

必死で通り抜けようと、左右に移動したり、さまざまな角度から手を突き出してみるが、いっこうに効果がない。

(こんなに近くにいるのに……っ!!)

知らず知らず涙が溢れてくる。

目の前にいる大好きな仲間たち。

なのに誰にも存在を知ってもらえない。

嗄れた喉から絞り出すように叫ぶ。

「お願い! 私はここにいるの! 誰か気づいて!!」

しかし、その声に反応する者は誰もいなかった。

「お願い……!!」

泣きながら、その場に座り込んでしまう。




「……ぱい……?」

声が、かすかに聞こえた。

涙で曇る目を上げる。

譲が、立ち上がってこちらを見ていた。

「……譲くん……!」

「……先……輩……?!」

姿は見えていないようだが、目が必死に探している。

「譲くん!!」

声を振り絞る。

「私はここ! 譲くん! 気づいて!!」

ふっと譲の目が望美をとらえる。

「先輩!」

次の瞬間、温かい手が手首をつかんだ。







 
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