<前のページ  
 

桃虎参上 ( 6 / 6 )

 



「それは横暴だよ!」

「いいえ、先輩のためです」

翌朝。

朝食を囲んで、いきなり口喧嘩が始まる。

「だって、盛り上がって飲んでる時にそんな、何杯目かとか数えてられないよ」

「そんなことありませんよ。
何杯目かわからなくなっている時点でもう相当酔っぱらっているんですから。
とにかく3杯目を注文する時点でメールをください」

「で、迎えにくるんでしょ」

「ええ」

「そんなあ……」

カタンと、譲が箸を置いた。

真剣な目で望美を見つめる。

「先輩は、自分が酔っぱらうとどんなふうになるかわかってないんです」

「わ、わかってるよ! 陽気になって、声が大きくなって……」

「それから?」

「そ、それから、ちょっと千鳥足になって……」

「………」

「あとはあんまり記憶が……」

「とにかく、あんなふうに酔っぱらうあなたを俺は放っておくわけにいきません」

「だから、どうして譲くんが怒るの? 
そりゃ、今回は迷惑かけちゃったけど、もう押し掛けたりは……」

「本当に覚えてないんでしょう? あの夜、どんな状態だったか」




怒気を含んだ声に、望美は思わず黙る。

「もし、俺以外の人間の前であんなことされたら……俺は……」

やりきれないという顔の譲。

「……譲くん……?」

望美はおそるおそる声をかけた。

「私……いったい何をしたの? 譲くんを傷つけるようなこと? 
だったら本当にごめんなさい」

哀しそうな望美の表情に、譲もわれに返る。

そして、さんざん逡巡した挙げ句、ついに告げた。

「先輩は……酔っぱらうと……脱ぐんです…」

「えええええっ!!???」




壁にダンッと背中を押し付け、青くなったり赤くなったりして望美はパニックを起こす。

「!!??!!???!!!!????」

言葉を発しようとしても、声が出ない様子。

譲は落ち着かせようと必死になった。

「せ、先輩、あの夜みたいにひどく酔っぱらった時だけかもしれませんから、きっと、普段はそんなこと……」

パクパクと口を動かしながら、涙をポロポロと流す。

「先輩、泣かないで」

譲の顔を一瞬見上げ、ワッと泣き伏せてしまう。

「先輩!」

「わ、私……譲くんの前で……脱いだの?! ……そんな!?」

しゃくりあげながら、切れ切れに言う。

「お、俺、背中しか見てませんから」

「だって脱いだんでしょ?!」

「正確には、ベッドの上にうつぶせで寝てたんです。
俺がバスルームから出て来たら」

「………うそ……」

「……え?……」

「いくらなんでもそんな……
譲くん、私にお酒を控えさせようと思ってうそ言ってるんだよね?」

すがるような目で望美が言った。

ふうっと、譲が溜め息をつく。




「俺は先輩に嘘なんか言いませんよ。ちゃんと現実を見つめてください」

「だって……そんな……」

「……わかりました。じゃあ、証拠を見せますから」

「しょ、証拠?」

望美が青くなる。

まさか、写真?

しかし、譲の言葉は予想外のものだった。

「バスルームの鏡で、背中を見てください」

「え?」

何か悪戯書きでもしたのだろうか?

「私、昨日シャワー浴びちゃったよ?」

「いいから」

意図を図りかねて、譲の顔を振り返りながらバスルームに向かう。

数分後。

「あああっっ!!??」

バスルームから響く声を聞いて、譲がくすっと笑った。




バンッとドアを開けて望美が飛び出してくる。

「ゆ、ゆず、譲くん、こ、これ!」

「いわゆるキスマークです」

「ど、どう、どうして!! こ、こんなたくさん!!」

「そんなにされても気づかなかったんですよ」

「!!」

あのとき、翌日望美を説教する材料にしようと、証拠替わりに一つキスマークをつけた。

が、あまりの感触のよさに、気づくといくつもつけてしまった……ことは内緒。

湯気を出しそうなほど真っ赤になって黙り込んだ望美の額に一つキスをすると、譲は言った。

「あんな姿を俺以外の奴の前でされたら、俺は死んでも死にきれません。
だから、3杯目を頼む時には必ずメールをください。いいですね」

「………………はい……」

「よかった」

「譲くん……」

恨めしげな目で望美が見上げる。

「明日の体育、水泳なんだよ。これ、明日まで残ってたら水着着られないよ」

「見せてやればいいじゃないですか。俺のホモ説も消えるでしょう?」

「!! わ、私そんなことも言ったの!?」

「そんなことしか言ってませんでした」

今度こそ、徹底的にうちのめされて、望美は黙り込んだ。




以後、望美の友人の間で「3杯目の彼」が有名になったことは言うまでもない。





 

 
<前のページ
psbtn
目次に戻る