砂糖蜜な二人 5 (3 / 4)
宿屋を出て少し歩くと、玄武の二人が木陰で涼を取っていた。
「先生、敦盛さん!」
この二人には一番不向きかもしれないと思いつつ、同じように聞いてみた。
「こ、恋……」
「………………」
敦盛は赤くなり、リズヴァーンは無言だ。
やっぱり無理だったか、と思っていると、リズヴァーンが静かに言った。
「他では代わりがきかぬ存在ではないだろうか」
「代わりがきかない?」
「同じことでも、その相手だと嬉しく思う。また、その相手でなくては、快いと感じられぬ存在」
なるほど、と望美が頷くと、敦盛もおずおずと言葉を発した。
「そう、だな。相手が自分をどう見ているかが気にかかり、相手の言葉、態度に一喜一憂する。不安と喜びが混在するように思う」
「不安と、喜び……」
「私も多くを経験したわけではないので、難しいが……」
彼を見ているとそうなのではないかと思う、と、心の中で呟いた。
「そう、ですね」
有り難う御座います、と頭を下げ、望美は宿に戻って行った。
その背を見ながら、敦盛が呟く。
「神子が元気になると良いのですが」
「悩むことは悪いことではない。が、あの二人はもう少し自覚を持った方がいいだろう」
「そうですね。目のやり場に困りますから」
自覚がないと、と敦盛が小さく溜め息を吐いた。
だが、自覚をしても変わらないことを知っているリズヴァーンは無言になった。
やがてポツリと、諦めたような口調で呟いた。
「……二人が幸いならば、問題あるまい」
譲くんでないとダメなこと。
それはタクサンあるように思う。
だって、あのキス(事故@三草山)だって、譲くんだから……いいと思ったんだもん。
譲くんが元気だと嬉しいし、辛そうだと苦しいし、離れてしまうと不安になる。
抱きしめられるのも、褒められるのも、ヒノエくんだと焦るけど、譲くんだと心地よい。ドキドキするけど。
将臣くんやリズ先生なら落ち着く。でも、それだけ。
それに、そういうとこ、譲くんに見られると、なんだか居心地が悪いから。
これって、そう、なのかな……
そう思いながら、最後は譲に聞いてみようと、厨に足を向ける。
まめな譲は、宿屋でも厨を借りて料理している。
そろそろ昼餉の仕度をしている時間だ。
たまには休んだら? と言ったら、この時代は宿屋でも、食事まで出てくる宿は稀なんだそうだ。
ほとんどが木賃宿ですから、と言われて、意味が判らない望美はまた譲から説明をしてもらった。
譲の話を聞くのは好きだ。
あの優しい耳障りの良い声で、丁寧に教えてくれる。
だから、譲と話をするのは楽しい。
はずなんだけど。
な、なんかすっごく緊張してきた。
望美は手に汗をかきながら、こくりと生唾を飲み込んで、気を落ち着かせ、緊張する体を動かした。
皆に聞いたみたいに、さらりと聞けばいいんだから。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「ゆず………」
声を掛けながら厨の入り口に立つと、譲の背が目に入った。
目に飛び込んできた情景に、言葉が止まる。
譲は少し屈んでいて、向こう側に、朔の服が見えた。
まるで、抱きついているように、朔の手が譲の着物の袂を握っている。
譲の顔は少し下げられていて、朔の顔と重なっていて。
口付けているようで。
一気に血の気が引いた。
ただでさえ緊張していて上がっていた血圧が、急激に下がったため、望美は眩暈を起こしてふらついた。
カタン、と音が聞こえて、譲が振り返ると、望美の体が揺らいでいる。
「先輩っ!」
素早い動きで、譲が望美の所へ駆けつけ、体を支える。
「先輩、大丈夫ですか!?」
今朝から様子がおかしかった、と譲が心配する。
「あ、え、と」
混乱してどう言っていいのか分からずにいると、譲の後ろから朔がひょっこり顔を覗かせた。
「大丈夫? 望美。貴女昨夜、あまり眠っていないようだから、少し休んだら?」
あまりに普通の顔で言われて、望美は余計に混乱した。
「そうなんですか? 昼餉が出来るまでまだ時間がありますから。横になっていたほうが……」
望美を思いやっての言葉だろうに、先ほどの光景が頭に蘇り、二人の邪魔になるから離されるような気がして、望美は譲にぎゅっと抱きついた。
「先輩……?」
不思議そうに、少しだけ困ったように言われて、泣きそうになる。
譲はそんな望美を優しく抱き寄せて、宥めるように背中を軽く叩いた。
「譲殿、昼餉は私が作るから、望美に付いていて上げて」
「朔、いいのか?」
「ええ。ただ、さすがに聞いた通りのものは作れないから、私の料理になるけれど」
下拵えの途中の食材を見て、朔が苦笑した。
「朔の料理はおいしいよ。じゃぁ、お願いしようかな」
「任せてちょうだい。譲殿は望美と休んでいてね」
こくりと頷いて、譲が望美を抱き上げた。
「えっ?」
「動かないでください、先輩」
姫抱きにされて、望美が驚いて身動ぐと、優しい声で窘められた。
朔が笑顔で手を振るのを見ながら、望美はゆっくりと部屋へ運ばれた。
「先輩、大丈夫ですか?」
壊れ物を扱うようにそっと、床の上に下ろされる。
「うん……」
「いったい、どうしたんです?」
顔が真っ青でしたよ、と譲が望美に言う。
「……さっき」
脳裏に焼きついた光景に、声が詰まるのを必死に動かし、望美が小さく言った。
「朔と、何、してたの?」
「何って、料理を」
不思議そうにしながらも、譲が説明した。
「魚の鱗取りをしていたら、鱗が朔の顔に付いてしまって。目の下に付いているのが、自分じゃ判らないみたいだから、拭き取っていたんです」
魚臭いでしょう? と、譲が手を見せる。
「そ、そうなんだ」
望美がほっと息を漏らした。
「それより、気分はどうですか? 気持ち悪くないですか?」
「あ、うん。大丈夫。ちょっと、眠いだけ」
安心した途端、眠気が来た。
「うーん、今から眠ると、昼餉が間に合わないですよね」
せめて横になっていては? と譲が勧めるが、大丈夫だよ、と望美が笑う。
「そういえば、何か、用があったんですか?」
「あ、うん。その……聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? 俺にですか?」
うん、と頷く。
譲に見詰められ、また緊張してきてしまい、望美は大きく息を吸い込んで、深呼吸した。
「あの、ね。譲くんは、恋って、わかる?」
問い掛けられて、譲がキョトンとする。
「恋……?」
「その、どういうのが、恋、かなって」
赤い顔で俯く望美に、譲の心がズキリと痛む。
「……誰か、好きな人でもできたんですか?」
「あ、えっと」
譲が気になるとは言えず、首を振った。
「そうじゃないの。昨日朔に聞かれて、でも私、全然分からないから、皆に聞いてみてるんだ」
望美の言葉に、譲が強張っていた体の力を抜いた。
「そう……ですね」
望美がドキドキしながら返事を待つと、少し考えていた譲が、ゆっくりと言った。
「傍にいると楽しくて、喜んでくれると嬉しくて、そのためなら、何だってできる。幸せな姿を見ると、こちらも幸せになります」
やっぱり譲くんは優しいなぁと思いながら、望美がにこにこと聞いている。
すると、一転して、声が低くなった。
「それなのに……俺だけを見て欲しい。近付く他の男を全て排除してしまいたい。俺の内に閉じ込めてしまえたら。
幸せになって欲しいのに、そんな酷いことも、考えてしまう」
「そ、う、なの?」
聞いたことのない声、見たことのない表情で言われ、望美が目を瞬かせた。
「そんな相手が、いる、の?」
「…………喩え、ですよ。俺は独占欲が強いみたいですから」
「独占欲……」
呆然としている望美に、譲が苦笑した。
「さて、俺は朔の手伝いに行きますね。朔一人では、大変でしょうから」
「あ……」
譲が立ち上がるので、望美は思わず譲の袂を掴んでしまい、慌てて手を離す。
そんな様子を譲が不思議そうに見ているので、望美は急いで笑顔を作った。
「えっと、ありがとう」
「いえ……では、昼餉が出来たら呼びに来ますので」
いつもの笑みを見せて、譲が部屋を出て行った。
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