砂糖蜜な二人 5 (2 / 4)
朝餉を上の空で食べてしまい、心配する譲を他所に、望美は聞き込みを開始した。
まずは、気心の知れた幼馴染。
青龍コンビに突撃する。
二人は鍛錬をしていた。正しくは九郎の鍛錬に将臣が付き合っていた。
汗をかいたらしく、井戸水を頭から被っている。
「恋?」
「お前と譲のことではないのか?」
将臣が怪訝そうに言い、九郎が呆れたように答えた。
「そうじゃなくて!」
望美が真っ赤な顔で怒る。
いつもと少しだけ違う反応に、将臣がおや、と思った。
今までは、違うよ、と苦笑するだけだったのに。
「つってもなぁ、そういうのは人それぞれだろ?
俺と譲だって、兄弟でも反応てか対応は違うぜ」
「そうだけど。参考までに聞かせてよ」
望美に懇願するように言われて、んー、と将臣が考え込んだ。
「譲れないもの、かな」
「譲れない?」
「ああ。大切だとか、幸せにしたいとか、そういうのは恋でなくてもあるだろ?」
こくりと頷く望美に、将臣がぽんと頭を撫でる。
「他の誰にも渡せない。自分を見て欲しい。そんな感情じゃねぇの?」
ま、俺もまだよくわかんねぇけどよ、と将臣が苦笑する。
「…………九郎さんも?」
聞いても無駄かと思いつつ問い掛けると、意外にも真面目な答えが返った。
「そうだな。生涯添い遂げたい、そんな気持ちではないか?」
「生涯……」
「何年先も共に居たい。そう思える相手はそう居ないと思うぞ」
「自分以外の他の誰かが譲とそうなることが嫌だと感じるなら、恋してるんじゃねぇの?」
二人の言葉にこくり頷いて、望美はお礼を言うと歩き出した。
相手を『譲』と限定していることは思い切りスルーされる。
「自覚してくっつけばいいが」
「お前でもそう思うのか?」
将臣の言葉に、九郎が溜め息を吐いた。
「望美と術を使う度に、あんな顔をされては敵わん」
羨ましいとか、恨めしいとか、嫉妬して睨まれるならともかく。
悲しげに、そして諦めたように淋しげに笑み、切ない眼差しで見詰められては、心がズキズキと痛む。
共に先陣を切ると、大抵そうだ。望美と戦うことに罪悪感が生じるではないか。
「俺としても、素直にからかわれて欲しいからなぁ」
さっさとくっつけ、と将臣も呟いた。
ずっと一緒だった。これからも一緒だと思ってた。
他の誰かが、そうなる?
想像して、望美は首を振った。
譲は昔からモテる。告白場面を見てしまったこともある。
胸がざわざわとしたあの時の感覚は、今でも忘れられない。
てっきり優しい弟を取られたくないんだと思っていたけれど。
違うのだろうか。
次に望美が聞いたのは、朱雀の二人。
恋愛に関しては百戦錬磨といった様子の二人なら、答えが貰えるかもしれない。
二人を探して宿をうろついていたら、部屋の中で弁慶がヒノエを弄っていた。
「仲良しなところ、ごめんなさい」
「仲良しじゃねぇから!」
ヒノエが嫌そうに言って、望美に笑顔で部屋に入るよう勧めた。
望美は少しだけ緊張しつつ、二人に問い掛けた。
「恋、ねぇ」
「どうしてそんなことを聞くか、聞いてもかまいませんか?」
弁慶がにこやかに問い掛ける。
かまいませんか?と言いながらも、言わなきゃ答えないとその笑顔が言っていた。
「えっと、その、き、気になる人が居るような気がして」
「気、ですか」
「だ、だから、それが恋なのか、確かめたいな、って……」
赤い顔で指をもぞもぞと動かす望美に、恋でしかありえないだろう、と二人は心の中で突っ込みを入れた。
「どういうのかな?」
改めて問い掛けられて、ヒノエが答えた。
「そうだね、いつでも触れていたい。この手に抱きとめてオレの熱で溶かしてしまいたい。そんな感情かな」
「ヒノエのは、単なる情欲でしょう」
さらっと言った弁慶をヒノエが睨む。
じょうよく?と望美が首を傾げた。
「まぁ、それも恋心の一つではあるでしょうが」
笑顔で睨み合う二人に、望美が先を促す。
「弁慶さんは?」
「そうですね、改めて聞かれると、難しいかな」
「え〜」
望美の不満そうな声に、弁慶が苦笑した。
「大切に思い、守りたいと願う。そして守るのは自分でありたい。そんな相手でしょうか」
「自分で?」
「そう。他の誰でもなく、自分が守りたいと願う。そして同じように自分を、自分だけを思って欲しい。そう思いますよ」
二人の答えを聞き、お礼を言って、望美が部屋を出た。
「上手くいくといいですねぇ」
「アンタが月下翁の真似事をするとはね」
胡散臭いと呟くヒノエの額に裏拳をかまし、弁慶が笑顔で言う。
「二人がさっさと自覚してくっついて安定すれば、君もいらぬ怒りを買って食事を減らされることもなくなるでしょう?」
食事は美味しい方がいいですからね、と弁慶がにこやかに言った。
「まぁ、確かに、譲の料理を食べられないのは、痛いからな」
「それに、からかいがいがありそうですから」
「そっちが目当てかよ」
年寄り(じじい)くせぇ、と余計なことを言って、再び笑顔の弁慶に殴られるヒノエだった。
いつでも触れていたい……か。
譲くんに撫でてもらうのは嬉しいけど。抱きしめられると、安心したけど。
熱で溶かすって、何を溶かすんだろう。
譲くんは大切だし、守りたい。
でも私は、他の人が譲くんを守ってくれても、安心だから、違うのかな?
自分だけ……もしも譲くんが他の人と仲良くしたら……?
譲くんは他の女の人に軽々しく声を掛けたり、まして抱きしめたりしないけど、守ることはあると思うんだよね。
それは譲くんが優しいからで、そういうところ、好きだけど。
ううーん、分かんなくなっちゃった。
次、と望美は意気込んで歩く。
少し歩くと、濡れ縁に座って庭を見ている白龍と景時がいた。
取りあえず、同じ質問をしてみる。
景時にしたのだけれど、白龍も笑顔で答えた。
「太一のことだね」
「太一?」
「ただ一人の相手。特別に大切な好きを、恋と呼ぶのでしょう?」
その特別が判らなくて悩んでいるんだけどな、と、望美が苦笑した。
「ん〜 難しいなぁ」
景時の言葉に、望美が首を傾げる。
「なんていうか、こういうのは感覚だからね。言葉にするのが難しくて」
「そうですよね」
こくんと頷く望美に笑みを返して、景時が告げた。
「いつでも、思ってしまう相手かな」
「いつでも?」
「そう。気付けば視界に入れている。居ないと落ち着かない。何をしていてもその相手を思い出したり、考えてしまう。そんな相手」
景時の言葉を噛み砕くようにゆっくりと繰り返して、望美が頷いた。
お礼を言ってその場を立ち去る。
「神子は何を悩んでいるのだろう」
「譲くんのこと、意識し始めたのかな?」
「? 神子はいつも譲と仲良しだよ?」
「あ〜……えっと、自覚し始めた、のかな」
しきりに首を傾げる白龍の頭を、景時が苦笑しながら撫でた。
気付けば視界に居る。
それは幼馴染で、よく一緒に居るからだと思ってた。
同じ幼馴染でも将臣くんはふらりと気紛れにどこかに行ってしまうから。
残った譲くんが私の面倒を見てくれているんだと、そう思ってた。
でも、もしも逆だったら?
譲くんがふらりとどこかに行ってしまったら。
私は平気でいられるだろうか。
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