砂糖蜜な二人 5 (4 / 4)
はぁ、と大きな溜め息を零す。
吐露された譲の『恋』。
あまりに強く、真剣な眼差しで言われて、望美の心が締め付けられた。
あんなにもはっきりと、明確に表現できるなんて、そんな思いをしたことがあるのだろうか。
あるいは、今しているのではないだろうか。
誰に?
一体誰がそう思われているの?
『譲れない』
『生涯添い遂げたい』
『抱きとめたい』
『守るのは自分でありたい』
『特別に大切』
『いないと落ち着かない』
『代わりがきかない』
『不安と喜び』
『自分だけを見て欲しい』
皆に聞いてきたそれぞれの恋心が頭の中を駆け巡り、譲の優しい笑顔と先ほどの暗い表情が交錯する。
『他の女性を見詰めたり、抱きしめたりしたら、心が痛い』
痛かった。
朔と抱き合っていると思ったら。
自分でなくて朔のところに行くと思ったら。
だって、譲くんが名前で呼ぶ女性は、朔だけなんだもの。
元の世界でだって、そんな相手はいなかったのに。
どうしよう。
どうしよう。
ぐるぐるとした気持ちのまま蹲っていると、朔が昼餉に呼びに来た。
ゆっくりと立ち上がり、大部屋の方に移動する。
「先輩、まだ気分が悪いんですか?」
また沈んだ顔をしている望美に、譲が心配そうに声を掛けた。
「ううん、大丈夫」
気遣ってくれる譲に笑みを返し、隣に座る。
あまり食事が進まない望美を、譲が不安そうに見る。
「先輩、朝も食欲がないみたいでしたが……夏バテですか?」
「あ、うん、ちょっと」
本当のことは言えないので、苦笑してそう答えた。
「出発、もう一日延ばしたほうが良さそうですね」
譲の言葉に、九郎が反応する前に、望美が慌てて言った。
「え? だ、大丈夫だよ! ちょっと、疲れただけだから!」
「疲れているのでしょう? まだ先は長いんですから、体調は万全にしないと!」
いいですね、九郎さん。と向けた笑顔は凶悪だった。
思わず九郎が頷いてしまうほどに。
「鍛錬と戦いは休んで、今日はゆっくりしてください」
「でも……」
「先輩が心配なんです」
強く言われて、こくりと望美が頷いた。
「夕餉はもっと食べやすいものにしますね」
「う……ごめんね、譲くん」
理由が理由だけに、望美が申し訳なさに俯くと、譲が優しく髪を撫でて、顔を覗き込んできた。
「いいえ。先輩に喜んでもらえるのが、嬉しいですから」
柔らかな笑顔で言われて嬉しくなると同時に、どこかで聞いた言葉だと思い出す。
『喜んでくれると嬉しくて、そのためなら、何だってできる』
譲の恋心。
思い出した途端、顔に火がついた。
「先輩? どうしたんですか? 顔が赤いですよ。熱が出たんじゃ……」
額をこつんと当てる譲に、望美が慌てる。
近い近い近いっ
どうして今まで平気だったの~!?
真っ赤になった望美に、譲が慌てる。
「暑気あたりかな。先輩、食べたら横になってください。俺、冷たい水を汲んできますから」
「あ、譲くん!」
言い訳する暇もなく、譲が外へ行く。
反対側で、朔が苦笑していた。
「望美、いったいどうしたの?」
「さ、朔ぅ~」
望美は赤い顔のまま情けない声を出して朔を見た。
「望美?」
「どうしよう」
「何が?」
「私、譲くんに恋してるみたい」
何を今更っっ!
全員が心の中で盛大に突っ込んだ。
白龍だけが、そうだね、神子。と、にこにこしている。
そんな心の声は綺麗に仕舞い込み、あらあら、と朔が笑う。
「どちらにせよ、今日は睡眠が足りていないみたいだから、ゆっくり休みなさいな。譲殿には貴女の傍に居るよう、伝えるから」
「そ、そんなぁ」
緊張しちゃうよ、と焦るが、いいじゃない、と朔が望美を突付く。
「二人の時間を過ごすのも、大切でしょう?」
「私は嬉しいけど、譲くんは迷惑じゃない?」
まだ気付いてないのか!!!
再び八葉と朔の心が一致する。
けれど、面倒見の良い対の神子は、笑顔で望美に告げた。
「ふふ、大丈夫よ。譲殿は貴女と一緒に居ると楽しそうだもの」
「そ、そうかな」
「ええ、もちろん」
朔に頷かれて、望美が嬉しそうに笑った。
「さぁさ、食事を済ませて、部屋に戻りなさいな」
「うん」
途端に元気になって、食事を取る望美に、八葉たちは何も言えなかった。
「ここまで来て、譲の気持ちが解っていないとは」
「両思いを自覚するまで、あとどれだけ掛かるんでしょうねぇ」
九郎が呆れ、弁慶が遠い目をした。
「出会って10余年。恋心を自覚しただけでも、大進歩だと思うぜ」
幼馴染の慣れか余裕か諦めか。
将臣は平然とそう言って、昼餉を食べた。
二人に振り回される日々は、終わりそうにない。
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