大原の夜 ( 5 / 5 )
なんだか不思議な気分だった。
確かに譲くんは幼なじみで、私の大切な弟分で、肉親の情に近いものを感じているのに、あのときキスしたことを少しも後悔していない。
恋愛しているのかと言われると、そんなことはないのに。
自分の気持ちがよくわからなかった。
「と、とにかく、譲くんが嫌な思いしてないならよかった。安心したよ」
そういって微笑みかけると、譲くんは何とも言えない表情をした。
何か口に出そうとして、でもふっと目を伏せてしまう。
「今回のことはともかく、え〜と、そう、今度はちゃんと好きな人としてね」
場を和らげようと口にした言葉に、リアクションはなかった。
沈黙の後、絞り出すように言う。
「……俺はもう、誰ともしません」
「え?」
すっと立ち上がると、譲くんが手を差し出した。
「もう遅いですから、部屋に戻りましょう」
「う、うん」
何となく割り切れないものを感じたが、素直に手を取って立ち上がる。
そばで顔を覗き込んでも、彼の表情に変化はなかった。
「……私、また怒らせちゃった?」
「…そんなことありませんよ。本当に、俺なんかに気を遣わないでください」
そうやって微笑んだ顔は、どこか淋しそうだった。
「…私……譲くんがいないとやっていけないよ。今回、よくわかった」
彼の手を取ったまま告げる。
それは、本心からの言葉。
この数日間、ものすごく辛くて苦しかった。
「私の悪いところは、言ってくれれば直すようにするから。遠慮しないでどんどん言ってね」
譲くんは困ったように笑った。
「俺が先輩を嫌いになることなんて絶対ないって言ったでしょう? 悪いところなんてありませんよ。俺は昔も今も……」
まっすぐに私の目を見つめる。
「そのままの先輩が……好きです」
「…譲くん」
まるで愛の告白を受けたような気がして、私は全身真っ赤になった。
「さあ、本当に部屋に戻らないと」
「う、うん」
譲くんに手を引かれながら、屋敷へ向かう。
「大丈夫です。うるさい、あっちに行けって言われるまで、ちゃんとそばにいますから。安心してください。……いや、覚悟してください、かな?」
「うん。安心して覚悟するよ」
譲くんが声を上げて笑う。
「それは正しいかもしれませんね」
つないだ手は温かくて、大原で寄り添った夜が思い出された。
あのときは、ちっとも心細くなんかなかった。
一緒にいて、他愛無い話をしていられる時間が……とても幸せだった。
「また…行こうか」
階を上りかけた譲くんに言う。
「え?」
「大原」
彼の頬が微かに染まる。
「…先輩が望むなら」
こくんとうなずき、笑ってみせた。
キュッと手が握られる。
いつになるかわからないけど、あのときの不思議な気持ち。
その正体を確かめてみたいと、私は思った。
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