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贈り花 ( 2 / 3 )

 



その後。

あかねが花畑を指差しながら経緯を説明するのを、4人は神妙に聞いていた。

最初にうなずいたのは詩紋。

「ああ、そういうアブラムシの退治法、おばあさまに聞いたことがある」

「でしょう? でも肝心の霧吹きがなくて」

「くそ〜、あんなもん、100均でいくらでも買えるのになあ」

天真が頭をかきむしりながら言った。

「ひゃっきん…」

「あ〜! 泰明さん、気にしないでください!」

詩紋が話の脱線を食い止める。




「永泉、おまえ水属性なんだから何とかならないのか?」

天真が唐突に話を振ると、

「わ、わたくしですか? わたくしの技は……」

「天真くん、ダメだよ! すべてを押し流しちゃうよ」

あかねが慌てて止めた。




「…ま、ほかにアイディアも浮かばないことだし、とりあえず、鷹通の言う水鉄砲を作ってみるか」

しばらく考えた後、天真が言った。

「そうですね。作りながら工夫するほうが早いかもしれません」

鷹通はにっこり笑うと、家人を呼んで材料になりそうな物を調達させる。

さまざまな太さの竹筒、布、紐、小刀、鉈や斧。

次々と材料が運ばれて来た。




「あかねは刃物は使うなよ」

「ケガしたら大変だからね」

天真と詩紋にあらかじめ言われて、あかねは水を押し出すピストン作りに挑戦することにした。

鷹通が器用に布や紐の使い方を実演してくれるので、多少不格好ながらも実用可能なピストンが数本出来上がる。

天真と詩紋は、ピストンに合った太さの竹に、さまざまな角度や大きさの吹き出し口を付けた。

泰明はその作業をじっと見守り、永泉は端切れや削りくずを片付けたりしてサポートに努めている。




「…おい、あの陰陽師、いったい何考えてるんだ?」

「それはあんまり気にしないほうがいいんじゃないかな…」

作業をしながら、天真と詩紋は小声で話す。

しばらく後、

「よし、出来上がり! 水で実験してみようぜ!」

と立ち上がった。




最初はうまくいかなかったものの、吹き出し口の角度や形状、ピストンに巻く布の量などを工夫するうち、徐々に霧吹きらしい形が整ってくる。

「お、いい線いってねえか」

「う〜ん、もう一工夫、かな」

「ねえあかねちゃん、ピストンに横棒を付けると力が入るんじゃない?」

「神子、お手を挟まれないようお気をつけください」

「詩紋殿、これでどうでしょう」




「そういうことか」

それまで彫像のように静止していた泰明が、いきなり立ち上がった。




「や、泰明さん?」

驚いて固まる八葉の代わりに、あかねが問いかける。

「…どうしたんですか?」

「神子の願いは霧を招くことではないのだな」

びっくりしてこくんこくんとうなずく。

「その桶の中の水を、霧のごとく撒きたいということか」

今度は八葉全員がこくんこくんとうなずいた。

「早く言え」

(言ってます!)

全員がそれぞれの言い方で心の中で突っ込む。




泰明は二つの桶を手に取り、目を閉じて意識を集中させると、何かを唱えた。

次の瞬間、彼が勢い良く花畑にまいた牛乳は霧に姿を変え、あたり一面に降り注ぐ。

あっけにとられて見ているあかねたちの上にも。

鷹通は素早くあかねの手を引くと、袖の下に隠した。

全員の視界が、一瞬真っ白に染まる。




「…す、すごい」

「すごいですね…」

「すごい…のはいいが、おい! 泰明、こっちまで降らせるんじゃねえよ!」

天真が泰明に怒鳴った。

「問題ない」

「ある! 牛乳まみれじゃねえか」

着物や腕の匂いを嗅いで顔をしかめる。

「あ、ほんとだ」

詩紋も自分の服の点検を始めた。




鷹通の袖の下では、あかねがゴソゴソと動いている。

それに気づき、鷹通は腕を開いた。

「神子殿、大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。ごめんなさい、私だけかばってもらっちゃって」

心なしか頬を紅潮させて、あかねは答えた。

天真はそれを面白くなさそうに眺め、

「まあ、あかねが濡れなかったのはよかったぜ」

と一言。

「天真先輩、本音が顔に出てるよ」

詩紋が苦笑した。




「神子の願いは叶った。永泉、行くぞ」

「え? あ、は、はい」

いきなり背を向けた泰明に、あかねはあわてて呼びかける。

「泰明さん! 夜にもう一度水をまいて洗い流さなきゃならないんです!」

「問題ない。今夜は雨だ」

振り向かずにそれだけ言うと、泰明は大股に歩いて行った。

永泉はこちらに一礼すると、慌ててその後を追う。

二人の姿はあっという間に見えなくなった。