贈り花 ( 3 / 3 )
「まったく、あいつはすごいんだか、迷惑なんだか」
頭をかきながら天真が溜息をつく。
「鷹通さん、とりあえず無事に撒けてよかったですね」
「ありがとうございます、神子殿。ただ、いつも泰明殿のお力を借りるわけには参りませんから、先ほどの『霧吹き』も試してみようと思います」
「本当ですか? 鷹通さん、ありがとうございます!」
詩紋が、目を輝かせた。
熱心に工夫したので思い入れがあるらしい。
「確か、牛乳の代わりにお酢とかも使えたと思います。もちろん薄めないとダメだけど」
「うひゃ、そんなもの頭からかぶるのはごめんだな。鷹通、これからは霧吹きだ霧吹き。もう泰明はやめとけ」
天真の言葉に全員が笑った。
「そうですね。まずはこの花畑で。うまく行ったら桂の荘園のほうでも試してみようと思います」
「荘園で?」
あかねの問いに鷹通が微笑む。
「あの虫に悩んでいるのはこの花畑だけではありませんから。藤原の荘園でうまく行ったら、ほかの荘園にも声をかけてみましょう」
「鷹通さんらしいなあ」
詩紋が感心したように言った。
「公務員の鑑ってか」
「あの…荘園に行くとき、私、ついていってもいいですか?」
あかねがおずおずと切り出す。
「神子殿が? 特に面白いものではありませんよ」
「私、ちゃんと見届けたいんです」
「…それは……神子殿にいていただければ心強いですが……」
ゴホン!と咳払いが聞こえて、振り向くと天真と詩紋が背を向けていた。
「あかね、そろそろ帰らねえと頼久が迎えにくるぞ」
「そう…だよね。藤姫も心配するし」
あかねはあっと口に手を当てる。
「ごめんね、天真くん、詩紋くん。じゃあ、鷹通さん、私、これで失礼します」
「はい、どうぞお気をつけて。今日はどうもありがとうございました」
何だかんだとにぎやかに話しながら去って行く三人を見送ると、鷹通はもう一度庭に戻った。
霧吹きの試作品や桶を片付けながら、ふと気づく。
「……おや…? そういえば神子殿は、何のご用でいらしたのだろう?」
あかねは、最初から最後まで用事めいたことは何も言わなかった。
「???」
考えながら、衣服に残った牛乳の匂いを確かめるため、無意識に袖をかざす。
すると、ほのかに異なる香りがした。
「?」
袂をたぐって、中から現れたのは、侍従の香を焚き込めた淡萌黄色の文。
「これは……」
さっき、あかねが袖の下でゴソゴソ動いていたことを思い出す。
小さくたたまれた薄葉を開くと、物忌みの訪ないを請う文がたどたどしい文字で書かれていた。
「……本当はこの文にお花を添えたかったけれど、鷹通さんが好きなお花は、今、鷹通さんのお庭で一番きれいに咲いているので、その中で渡すことにしました」
「……!」
鷹通は目を上げて、自分の庭を見渡す。
花畑を囲むように、香り高く咲き誇る色とりどりの石楠花。
爽やかな青空の下、まさに今が盛りだった。
ふっ…と、思わず笑みがこぼれる。
だから案内を断って直接庭に来られたのか……。
「…文に素晴らしい花を添えていただき、ありがとうございました。神子殿」
鷹通はそっと囁くと、淡萌黄色の文を大切に懐にしまった。
春風の中に、少し湿った空気が交じり始めている。
今夜、雨の音を聞きながら返事を書こう。
そして、明日は石楠花を一枝添えて、神子殿に届けよう。
そう心に決めながら、鷹通は花の咲く庭を後にした。
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