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秋の名残  ( 2 / 3 )

 



「……あら、こんなところに……」

玄関を出て門に向かう途中、譲の母は足を止めた。

秋風に揺れている河原撫子。

その手入れをする少年の横顔が、ふっと脳裏をよぎる。

「……?」




「有川さん、これからお出かけ?」

犬を連れた望美の母が、門扉の外から声をかけた。

「ああ、春日さん。そうなんだけど……私、こんなところに花を植えた覚えがなくて」

「撫子? まあ、それは雑草に近いから、どこかから種が飛んできたのかもしれないわね」

門の中を覗き込んで、望美の母が言う。

「でも……誰かが……」

「?」

「いえ、変ね。誰かが世話をしていたような気がしたの。
母が亡くなってから、温室も庭も放りっぱなしだって言うのに」




「……そういうこと、あるわよね」

望美の母が少し寂しそうに微笑んだ。

「私も、この犬を飼い始めたとき、誰かがすごく喜んだような、おおはしゃぎで『お隣に見せてくる』って言ったような、不思議な記憶があるの。
親戚にもそんな子供いないのにね」

「……髪の長い、よく笑う女の子……」

「え?」

「いえ。でも、何かそんなイメージがあって」

「……そう……。男の子たちと一緒になってはしゃいでる女の子。
私にもなぜだかそういうイメージがあるわ……」




二人はしばらく無言でそれぞれの心の中の情景をたどる。

笑い声と、にぎやかなおしゃべりと、まっすぐに自分を見つめる澄んだ瞳。

目の中に入れても痛くないほどに愛した忘れがたい面影。




「……どこかで会ったのかもしれないわね、私たち」

「そうね。もう……会うことはないのかもしれないけど……」




同時に見上げた夕空には、星が瞬き始めていた。




((……どうか……幸せに……))




二人の母は無意識に、今はいない子供たちの幸せを祈るのだった。








 
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