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秋の名残( 3 / 3 )

 



「譲くん、見て見て!」

興奮しながら、望美が紙の束を持ってきた。

「どうしたんですか?」

「スミレおばあちゃんの書いたものなんですって! 
反故紙の中に交じっていたのを、女房さんが見つけてくれて……!」

「……祖母の……?」




くしゃくしゃになった紙を一枚一枚手で伸ばしながら、譲は文面に目を走らせる。

「……本当だ……」

「スミレおばあちゃん、どんなこと書いてるの?」

まだあまり文字を読めない望美は、それでもところどころにわかる文字を見つけて指でたどった。

「この邸に残っていた、祖母の正式な置き手紙には目を通したんですが……。
自分が戻れなかったときのために、いろいろな手配を指示したとてもしっかりした内容でした。
でもこれは……日記……いや、覚え書き……かな」

「覚え書き?」

不思議そうに望美が繰り返す。

「誰かに読ませるつもりはなかったということです。
多分自分の気持ちを整理して、覚悟を決めるためのものでしょう」

「……!」




譲は静かに祖母の書いた文字を目で追った。

「京を守る五行の力が失われかけているというのに、祈っても祈っても龍神の神子は現れない……。
一族に伝わる秘術の限りを尽くして、自分が神子を迎えにいかなければ……。
けれど神子がいる異世界がどのようなところかは、まったくわからない……。
私はそこで、本当に神子を探し出せるのだろうか……」




菫姫は行方不明になったとき、今の譲や望美と変わらない年齢だったと言う。

歴史やドラマで多少の知識はあった自分たちと違って、未来世界にたった1人で放り出された彼女はどれだけ苦労したことだろう。




「もしかすると、時空の狭間に飲み込まれ、消えてしまうだけかもしれない……。
それでも可能性が少しでもあるのなら、自分は京のためにこの身を捧げなければならない……。
京を救えるのは、龍神の神子だけなのだから……」

「おばあちゃん……」

望美が膝に置いた両手をギュッと握りしめて、つぶやいた。

「そんな決意をして、私たちの世界に来てくれたんだね。神子を迎えにきてくれたんだね」




「本当は祖母自身が、あなたを連れてこの世界に戻ってきたかったんでしょうね。
けれどやっと出会ったあなたはまだ幼かったから」

「譲くんたちに託して……?」

「……はっきりとは、言いませんでしたけど」




望美は、皺の残る紙を1枚1枚手に取り、そっと胸に抱く。

「……長い長い時間をかけて、ブーメランが返って来た感じ……かな」

「え?」

譲の問い掛けに、望美は微笑んでみせた。

「スミレおばあちゃんが、決死の覚悟でこの邸を後にして、私たちの世界にやってきて、1人で頑張って、やがて私や譲くんたちが生まれて……」

「白龍があなたや俺たちをこの世界へと連れ去った……」

「そして今、私たちはこの邸にいて……。
おばあちゃんの勇気が、きっといろいろなものを動かしたんだよ」




「……俺は……やっぱりこんな運命にあなたを巻き込んだことを申し訳なく思います……。
いくらそれが星の一族の使命であっても」

うつむいた譲の顔を、望美は覗き込んで笑った。

「私はおばあちゃんに感謝してるよ。
だって、おばあちゃんがあの世界に来てくれなければ、譲くんに会えなかったんだから」

「望美さん」

「有川のご両親だって、うちのお隣にはいなくて……。そんな世界、私はいらない。
譲くんのいない世界なんて絶対にいや」

「!」




望美は正面からまっすぐに譲の瞳を見つめた。

「たとえ何度運命を上書きできたとしても、私が選ぶのは譲くんと一緒にいる世界だよ。
だから、今、私は私の望む場所にいるの。どこよりも大切な場所に、誰よりも大切な人と」

「……そんな風に言われてしまうと……俺、何も言えません」

「言わなくていいよ。そばにいてくれれば」

眩しい笑顔を向けられて、譲はやれやれというように首を左右に振った。

「まったく、あなたにはかなわないな。でも、いつまでもそんなこと言っていられないから……」

「?」




譲は望美の腕を柔らかく引き寄せると、ポスンと胸に抱き止めた。

「譲くん?」

「……言葉じゃない方法で……俺の気持ちを示させていただきます」

「え」

言うなりいきなり望美を抱き上げる。

「え? え? え? 譲くん、ま、まさ……!」

望美の唇を自分の唇で少し強引に塞ぐと、

「俺たち、夫婦ですから」

とにっこり微笑んだ。

「え~っ?! でも、夕飯まだで、っていうかまだ陽が高……!!」

望美の抵抗の言葉は再び閉じ込められ、若夫婦はゆっくりと奥の間に消えていった。




自分たちが選んだ運命を正面から受け止めながら、幸せに、たくましく。

親から受け継いだ大切な命を、悔いなく生きるために。





 

 
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