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そして、言祝ぎを ( 2 / 2 )

 



「あかね殿?」
はっと気が付いて、あかねはううん、と首を振った。
「ごめんなさい、ぼうっとして」
「いいえ」
何か気になる事でも? とゆっくり言葉を紡ぐ鷹通に、あかねは少し考え込み、そして笑いながら。
「気の所為です……なんか、声がした気がして」
「声?」
「うん」
まさかね、と一人で納得して終わろうとしているあかねの顔を、真正面から覗きこみ。
「どのような声でしたか?」
鷹通は問うた。

押しの強いタイプではないのに。
知りたいと思うと、なかなか離してくれないところがある。
穏やかな声音なのに、追い詰められるようで、ははは、と乾いた笑いを零してあかねは。
「本当、気の所為だと思うんですけどね」
と、話し始めた。

「井戸、ですか」
学校の近くにあるという噂の古井戸。
きっかけは全てそれだった。
この世界に呼ばれ降り立ち。
そうして、鷹通に、友雅に、泰明に永泉に頼久にイノリに。
藤姫に。
様々な人に出会い、別れて。
そうして自分は今、こうして、此処にいる。
「今は季節は冬ですから、桜も咲いてない、何もないところなんですけれど」
「ええ」
「なんだか、天真くんと詩紋くんが、其処にいるのが見えて」
「二人が、ですか?」
「詩紋くん、なんか美味しそうなもの持っていたな、いいな……って、それはいいんです、ええと」
そんな慌てたような様が可笑しくて、鷹通はつい、くすりと笑った。
「あ」
恥ずかしそうになったあかねの頬に、そっと触れる。
「すみません、可愛らしい、と思いまして」
「だからそういう事、するっと言わないでください!」
「あかね殿にだけですよ」
「でなきゃ困ります! ってそういう話ではなくて」

鷹通はおっとりとした笑顔になり、先を促した。
あかねは気が付いていない。
彼らしからぬこの問答が、嫉妬の裏返しである、と。
そう、鷹通は、彼女の口からするりと出てくる天真や詩紋の名に、ざわざわとした思いを抱いたのだ。
彼女の近くにいるのは自分。
そう確信しているというのに。
それでもまだ。
こうして彼女の気持ちを捉える者が在る、という事が。
そして、元は信頼した仲間である彼らにそのような感情を持ってしまう、という事実が後ろめたく。
鷹通は何もなかったかのように、そのざわざわを押し込める。

「あのね、私達の話をしていたみたいなの」
「彼らが、ですか?」
「うん」
あかねは、幸せそうな顔になった。
それは先ほどまでの、鷹通の中の負の感情とでもいうべきものの存在が全くの見当違いであると、吹き飛ばすだけの威力がある。

「それとね」
「はい?」
「天真くんがこう言ってた」
あかねは、口真似をした。


Happy Birthday
末永く、幸せにな。


「今日は、鷹通さんの誕生日だから」
とても大事なものをそっと見せるような口調で、あかねが言い。
鷹通はそれだけで、ふわりと優しい気持ちに包まれる。
「きっと龍神様が、お祝いを伝えてくれたんじゃないかな?」
「そう、でしょうか」
「そういう事にしようよ」

一年に一度くらい、そんな事があってもいいと思うの。
思わず頷き返してしまう、そんな真摯さであかねは言った後。

「じゃあ、改めて、私からのお祝い始めましょう!」
朗らかに彼を促した。








 

 
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