そして、言祝ぎを ( 1 / 2 )

 



「詩紋」
「あ、天真先輩」
振り返った詩紋の手に乗っているものを見て、天真は目を細めた。
「ケーキか?」
「あ、これ? マドレーヌなんだ」
「ふうん」
袋にかさかさと手を突っ込み、「あ、先輩」という声を気にもせず、天真は一つ取り上げたそれを口へ放り込み。
「美味い」
にやっと笑った。

「もう、先輩ってば」
「一つくらい構わねえだろ?」
「うん、元々あげる気だったんだけど、でも」
「ならいいじゃねえか」

もごもごと、マドレーヌを口に佇む男、二人。
「クリスマスか?」
「まあ、それもあるんだけど……天真先輩は知らなかった?」
「何が?」
「今日、さ」
鷹通さんの、誕生日なんだよ。
詩紋の言葉に、天真は目を細めた。



「……あかねちゃん、どうしているだろうね」
「さあな」

戻って来る時に、寂しそうな目の色をしながら、それでも、隣に立つ男の袖をそっと掴んで。
振られた白い指先。
またな、と、何時ものように言いかけ、そして、また、等は来ないのだと当たり前の事を思い、何故か息が詰まって何も言えなくなった天真に。
「お元気で」
全てをわかっているという風な、穏やかな声が、やけに心を引っ掻くようで。
「ああ」
ぶすっとした返事しかできなかったのが、今も時折、気になる。
それだけの事だが。
(やっぱり、一発位殴っておくべきだったな)
物騒な物思いに耽る天真に、詩紋はにこにこと、桜を見上げている。
春になれば、また薄紅に染まる木は、今はしんと静まり返っていて。
一面に落ちた、朱の葉が、風に微かな音を立てるのみ。

「今頃、お誕生日祝いとか張り切っているのかな」
「クリスマスもあるしな」
「一応ね、向こうでできそうなお菓子のレシピは置いてきたんだ」
「じゃあ……」
真面目な顔で、胃薬だな、と言う天真の横腹を、もう、と小突きながら、笑っている詩紋の顔は、やっぱり何かを思っている風で。
「薬の心配はねえだろ、泰明が何とかするだろうからな」
「何でそう、出来が悪い前提な訳?」
あかねちゃん、結構色々出来るようになっていたんだよ、とまるで代理の様に、頬を膨らませる年下の友人の頭を、色々と振り払うように、ぽん、と叩いた。


古井戸の端に、包みをそっと置く。
嘗て彼らは、此処から京へと招かれた。
そして、彼らは戻り、彼女は残った。
だから、此処が繋がっている場所、そんな風に思っている訳ではないけれど。
「あかねちゃん、鷹通さん、皆……元気でね」
「神社じゃねえんだから」
祈りでも捧げかねない詩紋に、呆れたように言う天真も、気持ちはそう変わらない。

「ま、大丈夫だろ、あいつらなら」



帰り際。
振り向いた先の顔が今も目に焼きつく。
何処か寂しげで、でも誇らしげで。
「決めたの」
残る事を告げた、その時の顔と同じ。
多分今も。
彼らは柔らかく微笑んでいるのだろうと。
そして。
鷹通以外の誰にも、その顔をあかねにさせる事は出来ない、と。

清々しいくらいに、それは、確信。




「Happy Birthday」
末永く、幸せにな。
あの時言えなかった言祝ぎを。
そっと呟いて。