約束の日 ( 6 / 6 )
「……望美ちゃん」
淡い緑色の木陰で、懐かしい声がする。
小柄で、でもしゃきっと背筋を伸ばしたシルエット。
「……スミレおばあちゃん」
譲くんと同じ、優しい微笑み。
私はいつの間にか、子供に戻ってその手を握りしめていた。
「……久しぶりだね。おばあちゃん。すごく会いたかった」
着物の胸にふんわり抱かれて、とっても安心した気持ちになる。
でも、おばあちゃんは少し哀しそうだった。
髪を撫でながら、穏やかに話しかける。
「望美ちゃん、ごめんね。こっちの世界に帰れなくなっちゃったんだね」
まるで自分のせいだというように、目を伏せる。
譲くんと一緒で、おばあちゃんもすぐ自分を責めちゃうんだ。
安心させたくて、小さな両手でおばあちゃんの手を包んだ。
「ねえ、おばあちゃん、聞いて」
おばあちゃんが顔を上げる。
「譲くんが一緒なんだよ。私とずっと一緒にいてくれるって言ったの」
「……譲……が?」
「うん」と力強くうなずく。
おばあちゃんがまた微笑んでくれた。
「そう……譲は昔から望美ちゃんが大好きだからねえ……。
望美ちゃん、譲と一緒にいてくれるの? それでいいの……?」
「うん!!」
おばあちゃんの手を握る私は、再び今の姿になっていた。
「私、譲くんが好きなの、スミレおばあちゃん。もうすぐ結婚するの」
「……望美ちゃん……」
昔よりずっと小柄に感じるおばあちゃんを、今度は私が抱きしめた。
「私、おばあちゃんの本当の孫になるんだよ。私で、いいかな?」
「……もちろんよ、望美ちゃん」
すっと、腕の中の感覚が薄くなってくる。
「おばあちゃん……?!」
「本当にありがとう。とても安心したよ……」
いつの間にか、おばあちゃんは少し離れたところに立っていた。
「おばあちゃん!」
「どうか譲を……よろしくお願いします」
小さなシルエットが頭を下げる。
「……神子様……」
「……おばあちゃん……」
最初で最後……おばあちゃんは私を、神子と呼んで消えていった。
* * *
朝日が、まぶた越しに感じられる。
頬に触れられる感触が、私を現実の世界に戻した。
ゆっくり目を開くと、心配そうな顔が見つめていた。
「……譲くん」
「……哀しい夢……ですか?」
眠りながら流していた涙を、拭ってくれたらしい。
私は小さく首を左右に振る。
「スミレおばあちゃんに会ったの」
「祖母に?」
譲くんの目が見開かれる。
「……結婚しますって報告しちゃった」
「……!」
譲くんがいきなり赤くなった。
それを見て私も急に恥ずかしくなる。
「よ、喜んでくれたんだよ。我ながら勝手な夢だけど……」
「そんなことありません」
真剣な顔で答える。
「……祖母は星の一族ですから……夢を通して先輩に会いに来ることもできると思います。
……そうですか……」
譲くんは、考え込んだ。
「……あのころ、スミレおばあちゃんは、私が龍神の神子になるって知ってたのかな……」
素朴な疑問を口に出してみる。
私のことを、孫同然にかわいがってくれたさまざまな場面が思い浮かぶ。
将来起きることを知っていて、大事にしてくれたのだろうか。
「知っていたかもしれませんけど、先輩のことは、そんなの抜きでかわいがっていたんだと思いますよ」
「え……」
心の中の声が聞こえたかのような返事に驚いた。
「俺は、先輩が神子じゃなくても、幼なじみじゃなくても好きですから、きっと祖母も同じだったと思います。
望美ちゃんがかわいくて、心から愛していたんですよ」
「……ゆ、譲くん……」
私はまたカーッと赤くなった。
譲くんが微笑む。
「……先輩、真っ赤ですよ」
「……だって……」
腕が背中に回されて、衾の中で抱き寄せられる。
私はますます赤くなった。
「……もうそろそろ起きなきゃいけない時間ですけど、ちょっとだけ……いいですか」
「……は、はい……」
うつむいていた顎を軽く持ち上げられて、唇がゆっくり重なる。
優しくて、柔らかで、いとおしむような口づけ。
毎晩一緒に寝ているのに、私の身体を気遣って、譲くんは絶対にそれ以上のことをしようとしない。
でもきっといつか……。
「神子と星の一族の子供だったら、何か力が強そうだよね」
「……!? せ、先輩、いきなり何を……!」
「嵐山の人が、星の一族の力が衰えている……って言ってたから。
きっと私たちの子供なら、最強の星の一族になるよ」
「………でも、俺は」
「?」
「……一族の運命や宿命に負けることなく、ちゃんと自分の好きな人を守れる、そういう人間になってほしいと思います。
男の子でも、女の子でも……」
「……うん」
そうして今の譲くんのように、愛する人を幸福にしてほしい。
そうして今の私のように、本当に愛する人を見つけてほしい。
そうして今の私たちのように、涙が出るほど幸せなときを過ごしてほしい。
温かい胸の中に抱かれながら、私は心からそう願っていた。
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