若竹色の季節 ( 2 / 2 )
「……先輩?」
深刻な顔で呼びかけられてあわてる。
「あ、ぜ、全然悪い意味じゃないよ。でも、譲くんも将臣くんも、ぐんぐん背が伸びて私を追い越してっちゃったから、なんか似てるなあって思って」
両手を前で振りながら弁解した。
「…先輩が元気ないのって、もしかしてそれが理由ですか?」
「…え?」
身長差20センチの長身が、気遣わしげに私を見下ろす。
「俺がさっき甕を代わりに運んでから……急に沈んだみたいだったから」
「……譲くん」
バレバレ。
この幼なじみに隠し事はできないらしい。
「…おかしいよね。そんなことで落ち込むなんて」
私は笑ってみせた。
「別に譲くんたちが大きくなるのが嫌なわけじゃないんだよ。でも、みんな一緒に転げ回ってたのが、どんどん昔のことになっちゃって……。見える景色も、できることも、同じじゃなくなっていくのが、ちょっと寂しいだけ…」
「先輩…」
自分でもくだらないこと言ってるなあと思う。
でも、譲くんは真剣に耳を傾けてくれた。
そして
「………俺はあのころからずっと、大きくなりたくてたまらなかったんですよ」
と一言。
「え?」
思わず彼の顔を見上げた。
「昔……俺がケガしたとき、先輩まで巻き込んでしまったでしょう? 2人で動けなくなって、兄さんが大人を呼んでくるまで、ずっと先輩に慰められて……。あのとき本当に悔しくて、情けなくて、非力な自分が許せなかった。だから少しでも早く、ケガしたあなたを運べるくらいに大きく、強くなりたいって思い続けてきたんです」
「そんな昔のこと…」
「俺の子供時代の一番のトラウマですから」
譲くんが苦笑する。
「でもまさか、先輩が寂しがるとは思わなかったな」
「だって、昔はみんな、背も力もほとんど変わらなくて、お相撲だって取ったでしょ? 小学校の低学年のころなんか、譲くん、私より小さかったし、すっごく可愛いかったもん! ちょっと泣き虫で、いつも私のあとを一生懸命走ってついてきて、『望美ちゃ~ん、待って~』って…!」
譲くんはうつむいて赤くなってしまった。
「譲くん?」
「……………先輩……そういうこと全部忘れてくれって言っても、忘れてくれないんですよね……」
「? 忘れる必要なんてないでしょ?」
私がそう言うと、小さく溜息をついた。
「………わかりました。昔のことはあきらめます。でも…」
「?」
ザッといきなり彼が動いて、私の背中と脚に腕を回し、高く持ち上げる。
いわゆる「お姫様抱っこ」。
「!!??」
「俺ももうこのくらいはできるようになったんですからね。ちょっとは頼りにしてください」
「ゆ、譲くん! な、な、何を!?」
「何ならこのまま邸に帰りますか?」
「だっ、ダメ~っ!! そんなの恥ずかしいっ…!!」
「…………」
真っ赤になった私を、譲くんはしばらく見つめると、
「……すみませんでした」
と言って、そっと下ろした。
驚いてしばらく口をパクパクさせた後、私はようやく声を出す。
「あ、あ、あの、あのね、譲くん、た、た、タケノコ」
「…そうですね。持って帰りましょう」
にっこり笑われて、私の胸はまたドキドキする。
おかしいよ、いつもの譲くんなのに。
しばらく、2人無言でタケノコを拾い集めた。
それを着物にくるみながら、譲くんが言う。
「…先輩、置いていかれて寂しいって思ってるのは俺のほうですよ」
「え?」
何のことかわからず、彼のほうを見た。
眼鏡越しのちょっと哀しそうな瞳。
「1つ年上なだけで遠い人なのに、こっちに来て、龍神の神子になって、剣まで覚えて……。八葉を従えて戦う姿を見ていると、ときどき先輩がとても遠くにいってしまったような気がします」
その声は、本当に寂しそうだった。
「譲くん…」
「…すみません、勝手なこと言って。あなたが好きでやってるわけじゃないのは、わかっているのに」
「ううん……。でも……私はいつでも私だよ」
「……わかっています」
とてもわかっているようには思えなかったので、顔を覗き込むようにして言う。
「ねえ、譲くん。私は絶対に譲くんを置いていったりしないよ。いつでも一緒にいる。約束するよ」
「……先輩……」
だから安心して……と、続けようとして、譲くんが複雑な表情をしていることに気づいた。
「あ…あの? 譲くん…?」
「………先輩…、また昔モードに戻ってるでしょう?」
「え?」
気づけば私は身を屈めた彼の頭を、一生懸命撫でていた。
「あ~っ!! ご、ごめん! つい!!」
あわてて手を離すと、彼が立ち上がる。
「俺はもう16なんですから! いい加減認識してください」
20センチ差の大迫力。
「わ、わかってるよ~! こんなにでっかいんだから間違えないよ~!」
「背だけの問題じゃないんです!」
ギャーギャー言いながら2人で邸への帰路を辿る。
元の世界で交わしていたのと変わらない会話。
鎌倉に戻ったようななごやかなひととき。
こういう時間があるからこそ、私は私でい続けられるんだろう。
「まったく先輩は」
「ごめんごめん」
照れたような、拗ねたような顔を見ながら私は心でつぶやく。
(いつもありがとう、譲くん。……譲くんはずっと、このまま変わらないでね)
心の声が聞こえたかのように、彼が一瞬私の顔を見つめた。
そしてゆっくりと、なぜか少し寂しそうに微笑んだ。
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