薄紅の想い ( 4 / 4 )
「神子殿、その辺にしておいてもらえまいか」
突然、よく響く声が近くで聞こえた。
二人で同時に振り向くと、蝙蝠を優雅に肩に添えた友雅殿が佇んでいる。
「友雅さん!」
「友雅殿!」
私たちの声がぴたりと揃ったのを聞いて、友雅殿が苦笑した。
「皆がそろそろ神子殿の行方を気にし出しているからね」
そう言われて初めて、私は神子殿とかなり長い時間話し込んでいたことに気づいた。
「これは! 申し訳ありません、神子殿、お引き止めしてしまって」
「いえ、私が勝手に追いかけてきただけですから!」
「神子殿、とりあえず君は先に戻りたまえ。
私たちは少し時間をずらして戻るようにするからね」
友雅殿のご提案にうなずきかけて、「いえ、ダメです」と神子殿は首を左右に振った。
「ほう?」
「神子殿? 友雅殿は気を遣われて……」
その言葉を遮るように、神子殿が私の手をいきなり握る。
「み……!?」
「友雅さん、ありがとうございます。
でも私、今日は鷹通さんと離れないって決めたんです」
神子殿が断言した。
友雅殿は一瞬目を見張ると、「それはそれは」と、いかにも面白がっている口調で言う。
私は頭の中が真っ白になり、口をパクパクさせるのが精一杯だった。
「さあ、みんなで戻りましょ!」
神子殿が元気よく歩き出した。
手を引かれて、私も足を前に進める。
「神子殿、もう一方の手が空いているようだね」
にっこり微笑みながら、友雅殿が神子殿の手を取った。
「!」
「小さくて可愛いらしい手だ。
今度は、神子殿のほうから私の手を取ってくれまいか?」
「と、友雅さんは必要ないでしょう!?」
神子殿は頬を染めて、ぷいと顔を背けた。
くすっ……と、私は思わず笑ってしまう。
お二人の快活なやりとりに。
神子殿の愛らしさに。
「……鷹通さん?」
「あ、申し訳ございません。失礼いたしました」
「ううん。そういう笑顔は大好きです!」
「!!」
「何とも妬けるね、鷹通」
眩しい光が降り注ぎ、ふわりふわりと花びらが舞う隔離された空間。
神子殿の温かく華奢な手を感じながら、私は不思議な感覚にとらわれていた。
(……どうか……私だけを見てください……)
先ほどまで私の胸を占めていた切実な想いが、柔らかに、穏やかに、薄紅色の雲の中に融けていく。
(「私は、鷹通さんが大好きですよ。
だから、遠慮なんかしないで、もっとそばにいてください」)
傍らで神子殿が優しく微笑んでいる。
自分の想いが暴走することが怖くて、知らず知らずに空けていた距離。
その距離が逆に、自分を追いつめていたのかもしれない。
私はようやくそのことに気づいた。
「……神子殿、これからはきちんとあなたのおそばで、あなたのお役に立ちたいと思います。
どうかよろしくお願いいたします」
「鷹通さん…… ! 私も、よろしくお願いします!」
「もちろん私も、ね。神子殿」
「と、友雅さん、耳元に囁くのはやめてくださいっ!!!」
「あかね〜!」「あかねちゃん!」「神子」
思い思いに呼びながら、八葉たちが駆け寄ってくる。
「白虎捕獲成功〜!!」
悪戯っぽく笑いながら、神子殿が走り出した。
春の風をはらんで、水干の袖が翻る。
この想いを胸に秘めたまま、あなたのそばにいよう。
あなたを守り、無事に元の世界に……あなたの望む世界にお帰ししよう。
微かな胸の痛みを覚えながら、私は神子殿の手を少しだけ強く……握った。
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