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薄紅の想い ( 3 / 4 )

 


うららかな春の陽光。

満開の桜の下、大人たちはうれしそうに笑いさざめき、子供たちも大人の興奮が伝染したかのように、いつにも増してはしゃいでいる。

そんな中、私は一人、一行の主を務める母上の邪魔にならないよう、控えめに過ごしていた。




乳母に食事を勧められれば、礼を言って口に運び、女房たちに話しかけられればそつなく答える。

母上のそばでこうして時間を過ごすことができるだけで幸せなのだと……多分、自分に言い聞かせていたのだろう。

母上が時折私に目をやると、精一杯楽しそうに微笑んでみせた。

だが彼女の顔は、なぜか曇ってしまう。




宴が終わり、後片付けが済むと、皆は最後の名残とばかりに桜の中をそぞろ歩き始めた。

人いきれに少し疲れた私は、桜の苑の奥へと足を運び、薄紅の室の中に佇む。

その足下に、突然影が落ちた。




「……鷹通殿」




見上げると、母上の少し哀しそうなお顔。




「母上?」

「……今日は、よく我慢しましたね」

「我慢……?」




母上を呼ぶ声が桜の向こうから聞こえた。

その方角を一瞥すると、腰をかがめ、私のてのひらに薄衣の包みを置かれる。




「これは鷹通殿のために。皆には内緒ですよ」

「母上……」




透き通るような微笑み。

促されて包みを開くと、見たこともない甘い香りの菓子があらわれた。




「私のお友達がくれたのです。
皆は知りませんから、気にする必要はありませんよ」




頬にそっと触れると、儚い春の幻のように、母上は桜の中へと消えていかれた。

幼い私は、天からの贈り物を手にしたように、陶然と立ち尽くす。

はらはらと花びらが舞い散る、薄紅色の室の中で。



* * *



「あれからもう十年以上たつというのに、今度は神子殿という最も大切なお方にご心配をおかけしてしまいました。本当に私は……」




自嘲のため息を洩らすと、申し訳なさでいっぱいになって神子殿に目を向けた。

彼女は大きな目を丸く見開いて、こちらをじっと見つめている。

呆れたに違いない……と、自己嫌悪が胸を満たした。

「神子殿……」

「それ、違うと思いますよ」

「……え?」




突然、神子殿がにっこりと微笑んだ。

雲を割って黄金の光が射すような、温かく眩しい微笑み。




「お母さんが鷹通さんに伝えたかったのは、『大丈夫?』でも『よく我慢したね』でもなかったと思います」

「それは……どういう……?」

「う〜ん……お菓子があれば、私も渡すんだけどなあ……」

神子殿は顎に指をあてて、しばし思案している。

そして、何かを思いついたように目を見張ると、微かに頬を染めた。




「鷹通さん、ちょっとだけかがんでもらえますか」

「? こうですか?」

「ええと、それで、ちょっとだけ目を閉じてください」

「?? はい……」




目蓋を通して、柔らかい光が感じられる。

神子殿の袖の香がふわりと香り、細い腕が私の首に回された。

耳元に吐息がかかる。

唇が微かに耳にふれ、小さな囁きが聞こえた。

「私は、鷹通さんが大好きですよ。
だから、遠慮なんかしないで、もっとそばにいてください」

「!!!」




思わず目を開けると、薄紅色に頬を染めた神子殿が微笑んでいた。

「お母さん、こう言いたかったんですよ、きっと」

「み、神子殿……!」

「だって鷹通さん、放っておくとどんどん離れていっちゃうんだもん。
お母さんも私と一緒で、寂しくて不安で……少し怖くなったんですよ」

「怖い……?」

「どこにも行かないで自分のそばにいて、たまにはわがまま言って、困らせるくらいしてほしいって。
そのほうが、ちゃんと人間同士でつきあっている気がするでしょう?」

「それは……、しかし……」




神子殿の言葉の、どこまでが母上の代弁で、どこからが神子殿の気持ちなのかわからず、私は戸惑った。

「わ、私は八葉で、神子殿のお役に立つのが与えられた役目ですから」

「鷹通さんは、役目がなければ私のそばにいてくれないんですか?」

瞳を覗き込まれて、頬の温度が急上昇する。

「いえ、そのようなことは」

「だったらちゃんと、そばにいてください。
そして、本当の気持ちを口に出してください」

「そ、それはできません!」

「どうして?」









 
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