遠く光る海 ( 2 / 2 )
「譲くん、はい、これ!」
「……え」
突然差し出されたリボン付きの箱に、俺は硬直する。
戸惑ったまま先輩を見ると、ぷっと噴き出された。
「もう、やだなあ! 自分の誕生日、忘れちゃったの?」
「たんじょう……? あっ」
「えっ、本当に忘れてたんだ!? 譲くん、大丈夫? もしかして暑さにやられた?」
額にいきなり手のひらを当てられて、軽くパニックを起こす。
先輩にこんな風に触れられるのは、いったいどのくらいぶりだろう?
「熱はなさそうだけど、連日猛暑続きなんだから無理しちゃダメだよ。部活、大変なんじゃないの?」
顔を覗きこむように言われて、俺は思わず目をそらした。
「そんなこと……ありません。すみません、心配かけて」
「……うん。じゃあいいけど。さ、一緒に行こう! 朝錬に遅刻しちゃ大変だものね」
そう。
部の朝錬に参加するため、俺はいつも早めに家を出ている。
だから今日、玄関先で待っている先輩を見て驚いたのだ。
その上、こんなプレゼントまでもらえるとは……。
「学校に着いたら開けてみてね。将臣くんとあーだこーだともめたんだけど、最終的には『これでいこう』ってことになったの」
「え……」
俺が突然立ち止まったので、先輩は不思議そうに見上げた。
「譲くん?」
「いえ、……もしかして二人で……これを選んでくれたんですか」
「うん! 先週末に藤沢に行って、お店を回ったの。今日も一緒に渡そうって言ったのに、将臣くんったら『早起きは無理!』だって。大切な弟の誕生日だって言うのに、困ったお兄ちゃんよね」
「……兄さんらしいです」
「来月の将臣くんの誕生日プレゼントは、ちゃんと一緒に渡そうね」
「はい……」
「三人」……なんだな、いつでも。
先輩の曇りのない笑顔を見ながら、俺はあらためて思った。
先輩にとって、俺たちは今も、幼なじみの三人組。
遊ぶのも、いたずらするのも、怒られるのもいつも一緒で、いちばん親しい友達。
一人っ子だから、きっと兄弟に似た感覚もあるんだろう。
もちろん、嫌なんかじゃない。
でも……。
「譲くん?」
「……買い物、いつ行きましょうか?」
「あ、そうだね。私は夏休みに入ったらいつでもいいよ。譲くんの部活の予定に合わせるから、都合を教えて」
「だったら少し、足を延ばしてみませんか? 渋谷とか、何なら銀座とか」
「銀座~っ?! 将臣くんが欲しがるもの、そんなとこにあるかな?」
「兄さんはともかく、おいしいケーキとかお茶はあると思いますよ。興味ありませんか?」
「あるっ!!」
ほんの少しだけ、兄さんとは行かなかったところへ。
ほんの少しだけ、兄さんとは違う時間の過ごし方を。
多分兄さんはこんなせせこましいこと、考えないだろう。
あの人は最後に選ばれる権利をもつ人だから。
俺は……その権利をもたない俺は、先輩が兄さんへの気持ちを自覚するまで、あとわずかしかない時間をともに過ごしたい。
幼なじみの仮面をかぶったままでもいい、あなたのそばにいたい。
すべてはやがて消える幻だとしても、俺はその刹那を諦めきれないから……。
「あのね、保温性が高いから、夜のうちに入れといても大丈夫なんだって。だから朝、これ以上早起きしなくてもいいからね」
「……って、もしかしてこれ、水筒ですか?」
「ああ~っ!! しまった!! 譲くんが開ける前に言っちゃった!!」
駅のホームから見た、少し遠いところにある海のきらめき。
同じ距離感を感じる、あなたのまぶしい笑顔。
たとえ手が届くことがないとしても、俺はホームに立つ度、あの光る海を眺めずにはいられない。
魅せられずにはいられない。
極楽寺駅までの短い距離を歩きながら、俺は隣りにいる愛しい人を、胸の痛みとともに見つめ続けていた。
先輩、さようならはもう少しだけ……待ってください……。
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