遠く光る海 ( 1 / 2 )

 



夏休みも近付いた日曜、いつもどおり部活を終えた俺は、江ノ電の鎌倉高校前駅で電車を待っていた。

路線のほとんどが単線の江ノ電は、上りも下りも同じホームに停車する。

直近の電車は藤沢方面行きで、家とは逆方向なのでベンチに座ってぼうっと海を見ていた。




ドラマなどでもたびたび取り上げられるこの駅からの眺めは、確かに絵になる。

道路を隔てた向こうに七里ガ浜の白い砂と青い海が広がり、右手には江ノ島と、キャンドル型の展望台がくっきりと見える。

光がキラキラと舞う波間では、ボードを抱えたサーファーたちが夏を満喫していた。

少し目を細めて見ないと、すべてが光の中に溶けてしまうほどまぶしい夏の昼下がり。

幼いころから見慣れた、穏やかな美しい風景。




そういえば昔、浜で遊ぶのに夢中になって、満ちてきた潮に靴をさらわれてしまったことがあった。

どうしていいかわからずに泣き出した俺を、「大丈夫だから。さあ、帰るぞ」と背中におぶってくれたのは兄さん。

流されずに済んだ左右バラバラの靴を先輩……望美ちゃんに履かせて、兄さんは裸足で歩いて帰ったっけ。

1歳違いといっても、そこまで身体の大きさが違う訳ではなかったのに。

重いとも言わず、家までちゃんと連れ帰ってくれた。

頼りになって、強くて賢くて、あのころの兄さんは俺がいちばん尊敬する人だった。

なのに今は……。




そのとき、鎌倉方面からの車両がホームに滑り込んできた。

車内の光景を見て、俺は思わず苦笑する。

乗客が誰ひとりこちらを見ていない。

この駅の少し手前から窓外に広がる、見事な海の景色に見とれているのだ。

背中、背中、また背中。

その中に俺は、背丈がかなり違う二人の男女の背中を見つけてしまった。




「!」




見間違うはずなどなかった。

兄さんと先輩の並んだ後ろ姿。

楽しげに話しながら、海の方を指さしている。

聞いてない……と言える立場ではない。

部活で毎日家を空けている俺と、部活をやっていない先輩や兄さんでは、生活のリズムがまるで違うのだから。

今日だけでなく今までだって、きっとこんな風に二人は出かけていたのだろう。




鉛のように重くなった心を抱えて、俺はベンチに身体を沈みこませた。

知っていたさ。

わかっていたけれど、気づきたくなかった。

今さら俺が何をしても、追いついたり、ましてや追い抜かすことなんてできない。

兄さんがどれだけ魅力的な男か、それは俺がいちばん知っているのだから。

知っているからこそこんなに……つらいのだから。

気づけば電車はホームを離れ、藤沢方面へと走り出していた。

永遠に別れる人を見送るように、俺は小さくなる影を見つめていた。