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誕生日の贈り物 ( 2 / 2 )

 



「忍人さん、お誕生日おめでとうございます〜!!」

それでも最後は徹夜になったらしい。

少し隈の残る目を輝かせながら千尋が包みを差し出した。

風早と柊はニヤニヤと、那岐は面倒くさそうにこの「授与式」を見ている。

なぜこの連中の前でやらねばやらないのか、事前に千尋に問うと、

「だって、贈り物の制作に協力してくれたんですよ! 私だけじゃできませんでした。そうだ、応援してくれた布都彦や遠夜や道臣さんにも声を掛けて……」

と言い出したので、あわてて彼らの参加を了承した。



「何せ三月以上かけた労作ですからね」

風早が包みを眺めながらうっとりと言う。

「毛糸ができるまでが・だろ。編んでたのはせいぜい半月じゃないの?」

那岐が冷静に補った。

なるほど。

秋口からの歳月の大半は「毛糸」を作るのに費やされたようだ。

「いえ、たとえ半月とはいえ、我が君の時間を独占したのです。忍人は何という幸福者なのでしょう……」

柊が長々と戯言を言い出したので、俺は心の耳を塞ぐことにした。



開いた包みから現れたのは、見慣れた草色の編み物の全容。

幅の広い長い布と、一組の対になった袋だった。

「……これは?」

「マフラーとミトンです! ちょっと待ってくださいね」



長い布を俺の首元に巻き、上着の下にきれいに収める。

布は驚くほど柔らかく、軽く、暖かかった。

「こうやって首を温めると、寒さがぐっとやわらぐんですよ。上着の中に入れれば、軍務の邪魔にもならないでしょう?」

「あ、ああ」

「あと、これは手袋です。こうやってはめると暖かいんですよ」



ぷっと吹き出す声が後ろで聞こえた。

「那岐、何笑ってるのよ」

「大人の男にミトンはないだろ、千尋。まあ、技術が及ばなかったんだろうけど」

「それは……」

「いえいえ、なかなか可愛らしくていいですよ。ねえ、忍人」

風早がニコニコと口を挟む。

「……可愛い……」

「ごめんなさい、忍人さん。来年はちゃんと5本指の手袋編みますから!」

千尋が必死な顔で言うので、思わず「みとん」をはめたまま紅潮した頬を包んだ。

「!」

「確かに暖かい。感謝する。剣を握るときはどうせ外すんだ、このままで構わない」

「……はい」



コホンと咳払いすると、風早が

「じゃあ、来年の課題はセーターですかね、千尋」

と目くばせした。

毎度のことながら、俺にわからない言葉を使うのが好きな男だ。

「せえたあが何かは知らんが、俺の物はもういい。千尋は自分の物を編むのを優先してくれ。これだけ暖かければ、冬を越すのが楽になるだろう」

俺がそう言うと、単なる参列者だったはずの三人がずいと前に出てきた。

「何を言っているんです、忍人」

「我が君のご人徳を見くびっていませんか」

「想像もしてなかったってわけ?」

「……え」



突然、三人が三人ともどこからか包みを取り出し、千尋に差し出した。

「え? これって?」

戸惑う彼女に早く開くように促す。

恐る恐る開いた風早の包みからは、大きな布が出てきた。

「二つに折ってひざ掛けやショールにしても、そのままの大きさで『着る毛布』にしてもいいですよ、千尋。今、セーターも編んでいるところですからね」

こいつはどれだけの時間を費やしてこんな大きな物を編んだんだ。



柊の包みから出てきたのは少し小ぶりな袋。

馴れ馴れしく千尋の頭にかぶせると、

「ああ、我が君の輝かしき御髪(おぐし)を覆い隠すのは心が痛みますが、寒さから御身を守るためには致し方ないこと。どうかせめて私の想いを込めたこの品で、花の顔(かんばせ)を縁取ることをお許し……」

と、また長い口上を述べ始めたので問答無用で引きはがした。



那岐の包みからは、見事に編み上げられた「手袋」が出てきた。

「え、那岐、すごい! ちゃんと指が5本ずつある!」

目を丸くして驚く千尋に、

「僕はこれしか編まなかったから。千尋だって手袋だけだったら仕上げられただろ」

と、目をそらしながら言う。

これはこれで……手ごわい男だ……。



皆から贈られた編み物を身に付け、真っ赤になっている千尋に俺は尋ねた。

「……千尋、編み物ぶうむとやらはこのことだったのか」

「ち、違います、忍人さん! 風早たちまで編んでたなんて知らなくて!」

「おや、忍人、まさかとは思いますが、私たちにやきもちを焼いているのですか?」

「忍人は千尋が編んだ品を独占しているんだから、ぜいたくを言っちゃいけないなあ」

「よかったね、葛城将軍」

柊、風早、那岐に皮肉たっぷりの言葉を浴びせられて、俺の理性が揺さぶられる。



「……そうだな。皆の心遣いには感謝するが、今後、陛下への編み物の献上は遠慮してもらおう。もう十分揃ったようだし」

「「「何を言ってるんです/だ!」」」

「セーターの後はスカートやワンピースも作る予定なんです!」

「ネックウォーマーやレッグウォーマーも必要だろ」

「私は靴下を・我が君の白きおみ足を私の深い愛で包み込みた……」

柊を無言で殴りつけると、俺はたまらずに口を開いた。

「もういいと言っているだろう! どうしても必要な物があれば俺が編む!!」

「「「「え」」」」

「……あ」

「「「「「……」」」」」



沈黙の後、風早が最初に吹き出した。

残りの二人も腹を抱えて笑い出す。

「お、忍人、冗談ですよ。これは采女たちから陛下への贈り物です」

「私は口ほど手先は器用ではありませんので」

「まさかあんたがそこまで言うとは思わなかったよ」

言うだけ言って笑い続ける。

俺は怒る気力もなくして、こめかみに手を当てた。



「忍人さん……」

千尋の手が背中に触れた。

振り返ると、目を潤ませてこちらを見つめている。

「……千尋?」

「ありがとうございます。忍人さんがそこまで言ってくれるなんて……うれしい」

「いや、俺は……」



「さ〜て、俺たちはそろそろ失礼しましょうか」

「忍人、きっかけはどうあれ、先ほどの言葉の責任は取ってくださいね」

「仕上がったら見せてよ、葛城将軍」



三人が立ち去る足音を聞きながら、俺は再度こめかみに手を当てた。

実際、頭痛が始まったような気がする。

「お、忍人さん、大丈夫ですか?」

不安な色を帯びた声に目を開けると、腕を引いて千尋を抱き寄せた。

「……!」

「まずは礼を言わせてくれ。素晴らしい贈り物をありがとう」

「は、はい……」

「そして」

「あ、編み物の件は気に……」

「一番やさしいものなら、何とかなるかもしれん。君が……教えてくれるなら」

千尋が目を丸くして、俺の顔を覗き込んだ。

「……本当に?」

「ああ。連中に乗せられたとはいえ、これも誓いだ。果たさねば」

「じゃあ……ゆっくりと、時間をかけて編みましょう。冬中にできあがらなくてもいいから」

「ああ。その可能性は高そうだ」



二人で寄り添って部屋の奥に進みながら、この状況はあの連中からの贈り物なのかもしれないと、ふと思った。

いや、まさか。

考えすぎだ。



俺はそのころ、風早の部屋で三人が祝杯を上げていたことをまだ知らなかった。





 
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