誕生日の誓い ( 1 / 2 )

 



冬が深まるにつれ、千尋の動きがますます怪しくなってきた。

それは秋口に、夕霧が大陸から送ってよこした「何か」を手に入れてから始まった。

例によって何でも浮き浮きと手伝う風早と、例によっていつでも渋々手伝う那岐を従えて、采女たちも巻き込み、「俺に知られたくないこと」を大々的にやっているらしい。



思わず嘆息する。

俺の誕生日を祝うためと称して、冬になるたび彼女が何やら秘密めいた動きをするのには慣れたつもりだったが、夫婦となり、同じ空間で共に過ごす相手に隠し事をされるのは、思ったよりこたえる。

いっそ遠征にでも行っていれば気にならなかったのだが・。

もちろん、そんな理由で遠征をするわけにはいかないし、柊にはそんな相談、口が裂けてもしたくない。



今日も夕餉の後、そわそわと何かをしたそうな彼女に気づかない振りをして、俺は「書物を読むため」自室にこもることにした。

実際、やらねばならない仕事は山ほどある。

没頭していれば時間など矢のように過ぎていく。

いくつもの書物を紐解きながら思考の中に深く沈んでいると、後ろから小さく俺を呼ぶ声がした。

「?」

立ち上がって振り向くと、千尋がそっと部屋を覗き込んでいる。



「どうかしたのか?」

「あの……ごめんなさい」

「何がだ」

「このところ、忍人さんに気を遣わせちゃってたみたいで」

申し訳なさそうにしゅんと頭を垂れている。



「……やりたいことがあるのだろう?」

「そうだけど、そのためにせっかく一緒にいられる時間をバラバラに過ごすなんて寂しくて……」

「今回は長いようだからな」

「ごめんなさい! あの……それで、思ったんですけど」

「……!」



* * *



目の前で器用に指が動く。

千尋は話しながらでも大丈夫と言ったが、俺が彼女の手元を凝視していたため、沈黙が続いていた。

「もう、忍人さん、せっかくカミングアウトしたんだから何かしゃべってください!」

「かみんぐあうと? が何かはわからんが、話しかけると手順を間違ったりしないのか?」

「複雑なところでは集中しなきゃいけないけど、今は大丈夫です。あちらの世界では、女の子同士がおしゃべりしながらやったりするんですよ」

「……そうか」



「何を作っているかは秘密だけど」と千尋が見せてくれたのは、草色の太い糸を細い棒で編み上げる作業だった。

編んでいるものの大半は布に覆われて隠されているので、実際、何を作ろうとしているのかはわからない。

だが、穏やかな微笑を浮かべながら伏し目がちに手を動かす姿は、とても好ましく思えた。



「その糸は、夕霧が送ってきたのか?」

「もっと原料に近い形で、ですけど、そうです。即位式のときに毛織物の絨毯を献上してくれたので、羊の毛を入手できるなら送ってほしいとお願いしたんです」

「……羊」

「う~ん、豚とはちょっと違う家畜なんですけど、毛を加工するとこういう糸にできるんです。
向こうの世界では糸になった物しか見たことがなかったので、届いてからみんなで大騒ぎしていろいろ実験して……」

「目に浮かぶようだ」

俺はこめかみに指をあててそう言った。



いつでも一生懸命で、いつでも目を輝かせているから、周りの人間が知らず知らず巻き込まれてしまう。

まったく迷惑な王だが、巻き込まれたほうも特に悪い気はしないのだから、これは彼女の人徳というものなのだろう。



「それで、采女たちも編み物にチャレンジしたいって言うから、糸をみんなで分けたんです。おかげで今、橿原宮は編み物ブームなんですよ!」

頭の中でいくつかの面妖な言葉を翻訳した後、俺はうなずいた。

多分そのうち、この編み物の「成果物」をまとった人間を宮の中で見かけるようになるのだろう。



千尋があくびをかみ殺しているのを見て、俺は続きを寝台でやるよう促した。

そのほうが暖かいし、疲れも少ないと言うと、

「え~、でも灯りをつけたままだと忍人さんが眠れませんよ」

と、首を左右に振る。

「心配はいらない。一度試せばわかる」

「はい……?」



しばらく後、寝息をたて始めた千尋の手の編み物(もちろん、何を編んでいるか確認することはしなかった)を寝台の脇に置くと、俺は灯りを消した。

これなら必要以上に夜更かしをすることもないだろう。

夜明けまでの眠りが安らかなものになるよう、彼女の体を包み込むように抱きしめた。