守護神 Part 2

 



今日は譲の誕生日だ。

ランチを兼ねた有川家・春日家総出のパーティの後、将臣は部屋のベッドに寝転んでバイク雑誌をめくっていた。

去年は、「これから譲のためにケーキを作る」と宣言して去って行った望美が気になって春日家を訪れ、大変な目に遭った(知りたい方は「守護神」参照)。




念のため、今日ランチの時に望美に確認すると、

「今年は大丈夫! もうスポンジケーキは焼いてあるし、あとはババロアを作るだけなの。
ババロアも一度練習してだいたい成功してるから、問題ないと思うし」

という、一部ひっかかるがたのもしい答えが返ってきた。

「あいつ、譲の誕生日にはリハーサルまでするんだな」

去年の失敗に学んだということなのだろうが、将臣の誕生日の時にはいけしゃあしゃあと失敗作の洋菓子の山を持ってきたのだから、差別と呼ぶしかない(知りたい方は「真昼の決闘」参照)。




「ま、今年は俺の出番はなしということで……」

その言葉が終わらないうちに、携帯のバイブが震えた。

「…………」

時刻は午後10時。

春日家の両親は午後から親戚宅に泊りに行くと言っていた。

嫌~~な予感。

「多分俺、この電話に出ないほうが幸せでいられる……よな」

首を力なく左右に振った後、将臣は携帯を手に取り、通話ボタンを押した。



* * *



「う、浮いちゃったの!! スポンジが浮いちゃったの!!」

「望美、お前があわててるのはよくわかったから、落ち着いて説明しろ」

春日家のキッチン。

去年をほうふつさせる積み上がったボウルや調理器具を背に、望美は顔色をなくしていた。

「あ、あのね、ババロアを作ろうとしてね。
前回はダマができちゃったから、きっとゼラチンを冷やし過ぎたんだと思って、今回はあんまり固まらないうちに生クリームと混ぜたの」

「レシピにはなんて書いてあったんだ?」

「え、ええと、生クリームを五分立てして、それと同じくらいにゼラチンももったりさせろって」

「……ああ」

失敗の原因が何となくわかる。

だいたい、「十分」がどのくらいかわからない人間に「五分」なんて指示が通じるわけがない。

さらに「それと同じくらい」と言われては、基準を間違えたらイチコロだ。




「で、何かまだほとんど液体みたいだったんだけど、これなら隅々までちゃんとゼラチンが行きとどくからいいなあと思ってスポンジケーキを入れたセルクルの中に注いだら……」

「スポンジケーキが浮いたわけか」

「そうなの~~!! スポンジケーキを台にして、その上にババロアを載せなきゃいけないのに、スポンジケーキが半端に浮いちゃってゼラチンの中をさまよってるの~! 
一生懸命押したんだけど、沈んでくれなくて!!」

「押したのか?! おまえ、浮力があるんだからそりゃ無理だろう」

「だってこんなケーキ見たことないよ!!」

確かに将臣だって見たことない。

「まあ何だな。たぶんそのゼラチンは、もっと固めてからならスポンジを押し下げる形でうまく乗っかったんだろう。
ダマを警戒しすぎたのが仇になったな」

「どうしよう、将臣くん! だってスポンジから焼き直さなきゃならないんだよ~!?? 
もう間に合わない、絶対今日のうちに譲くんに食べさせられない!! 
そんなの嫌!! どうしよう~!!」

ポロポロ涙を流し始めた望美を前に、将臣は「う~~ん」と腕を組んだ。



* * *



「先輩? こんな時間にどうしたんですか?」

去年は夜の10時を回ってから呼び出された譲だが、今年はその時間が過ぎても特に連絡がないので、先輩はケーキを諦めたのだろうと、特に気を悪くすることもなく思っていた。

が、午前0時を目前にした時間に、いきなり将臣に春日家に引っ張ってこられた。

キッチンでは望美が、今にも泣きそうな顔で立っている。

「ゆ、譲くん、ごめんなさい」

「? え? どうしたんですか??」

悲しそうに譲を見つめるのが精一杯の望美を見て、将臣が口を開いた。

「望美は、昨日からケーキの用意をしてたんだと。
でも、まあ、いろいろあって失敗しちまってな。何とか作りなおしたんだが……」

「この冷蔵庫の中なの。やっとさっき入れたから、あと1時間は固まらないの。
譲くんのお誕生日のうちに仕上がらないの。だから私……」

ついに涙腺が決壊し、涙がこぼれおちる。

「せ、先輩! そんなこと、気にしないでください!」

譲はあわてて望美の肩に手を置いた。

「だって、一番大切な譲くんのお祝いをし損ねちゃうなんて、最低だから……!!
用意してたのに、ちゃんと練習もしたのに!」

「先輩……」




両手で顔を覆って泣く望美。

将臣は困ったように肩をすくめる。

かなりのスピードでケーキを仕上げたのだが、さすがに固める時間を短縮する方法はなかった。

譲はちらりとリビングの時計に目をやった。

「……じゃあ、今日のうちに祝ってもらえますか?」

「……え?」

意外な言葉に、涙で頬を濡らしたまま、望美は顔を上げる。

「ロウソクを吹き消すのは日付が変わってからになりますが、バースデイソングだけ、今日のうちに歌ってくれますか? この中にケーキがあるなら、問題ないでしょう?」

「……!……」

「……なるほど」

将臣がつぶやく。

「こ、こんなところで……?」

「先輩が俺のために一生懸命作ってくれたケーキの前で。だめですか?」

「だめ……じゃないけど……」

「望美、さっさとやらねえと日付が変わるぞ」

将臣の言葉にはっと我に返ると、望美は頬をごしごしとこすって涙を拭いた。

「色気ねえなあ」

「兄さん」

「じゃあ、将臣君もいっしょにね!」




冷蔵庫の前で、少し恥ずかしそうに歌われるバースデイソング。

それでも歌の途中から、望美の表情が明るく変わっていく。

「お誕生日おめでとう、譲くん」

「心のこもった手作りケーキ、ありがとうございます、先輩」

「ま、半分くらいは俺の心だけどな」

「将臣くんっ!!」

事実を指摘されて、望美がポカポカと将臣を殴る。

「じゃあ、コーヒーか紅茶でもいれましょうか。ケーキの用意ができるまで」

譲が勝手知ったる春日家のキッチンでてきぱきと動き始めた。




結局午前1時に、キャンドルの火だけ吹き消して、誕生日のセレモニーは終了。

まだどこか生温かいババロアを頬張りながら、譲は望美が照れて真っ赤になるくらい「おいしい」を繰り返したのだった。




譲くん、お誕生日おめでとうございます。

そして将臣くん、お疲れ様でした。

来年こそ迷惑をかけずにいられるといい……んだけどな……。





 

 
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