守護神 ( 1 / 3 )
望美はその物体を前に頭を抱えていた。
おかしい。
こんなはずではない。
そもそも、「スポンジ」という名が付くからには、スポンジっぽい弾力があってもいいはずだ。
実際、これまで口にしたことがあるスポンジケーキは、どれも「ふわふわ」していた。
ところが……。
望美が生まれて初めて挑戦した「スポンジケーキ」のはずのその物体は、がっしりしっかりとしていて、どうひいき目に見ても「パウンドケーキ」。
はっきり言うと「鏡餅」に近い重量感と固さを備えていた。
「うそ〜〜! だってレシピ通りに作ったよ?」
パソコンからプリントアウトした数種類のレシピを恨めしそうに見ながら、望美は呟いた。
そもそも、何種類ものレシピから「作りやすそうなところ」をピックアップして調理した時点で勝負はついていたのだが、経験値の低い彼女にそんなことはわからない。
粗熱を取って、ますます重さを増したように見える「自称スポンジケーキ」を眺めつつ、
「でも……焼く時おいしそうな匂いがしたし、きっと味はいいんだよ」
と、自分を励まして望美は包丁を手にした。
どのレシピにも3段に切ると書いてあるが、ケーキ自体の厚さが2センチもないので、花断ちの達人でもとても3つにスライスできそうにない。
「リズ先生だったらやっちゃうんだろうなあ」
と、溜め息をつくと、慎重に2つに切り始めた。
手応えはいい。
ザクッと切れていくのは固さゆえなのだが、望美は何だかこのケーキが成功したように思えて、うれしくなってきた。
* * *
「さて、あとはデコレーションか」
レシピを見る。
簡潔な記述が望美の好みに合ったこのレシピは、見る人が見れば
「作り慣れた人が、本当に重要なことにポイントを絞って紹介している」
「ある程度経験値がある人には有効な」
内容なのだが、もちろんそんなことは知りようがない。
「生クリームは……」
【ケーキ全体をデコレートするなら、350ml程度をボウルで撹拌して作りましょう。お砂糖はお好みで】
「お好みで…ってことは、なくてもいいのかな。あんまり甘くなってもなあ」
レシピの薦める乳脂肪分たっぷりの生クリームを、パック2つ分ボウルにあけると、おもむろにハンドミキサーを取り出して撹拌を開始する。
最初はサラサラしていたクリームの表面に、次第に模様が付き始め、もったりとしてくる。
「わあ、何かお菓子作ってるって感じ!」
しっかりと固く泡立てた生クリームを、輪切りにしたケーキの表面に塗り始めた。
「ん?」
微妙な感触の違いに戸惑う。
「生クリームって、こんなに固かったっけ?」
パレットナイフで伸ばしているのに、何やらゴワゴワしていてうまく広がらない。
「そっか。たっぷりつけろって書いてあるから」
ボウルからどっさりクリームをすくうとこれでもかと塗りたくり、缶詰のフルーツのスライスを敷き詰めて、さらに上から塗る。
もう1枚のスポンジを上から重ねると、ケーキの厚さは切る前の倍近くになっていた。
「なんだ、こうやると普通のケーキっぽいじゃない。みんなこうやって作ってるんだね」
大きな誤解をしたまま、表面のデコレーションを開始する。
「う〜ん……なんでうまく伸びないんだろう?」
一生懸命クリームをならしているのに、ごわごわボロボロと端が崩れてくる。
「たっぷり…だよね」
大量のクリームを塗るものの、パレットナイフにくっついて戻ってきてしまうので、ボコボコ表面に穴があく。
その上側面は、スポンジとスポンジの間が離れているので、その段差をすべてクリームで埋めなければならない。
「ケーキって太るはずだよね。こんなにクリームを使うんだから」
普段自分が食べているケーキと、目の前の物が大きく異なることに、気づかないのか、気づきたくないのか、望美は黙々と作業を進めた。
やがて、厚塗りの割にでこぼこしたケーキの上面に、「Happy Birthday ゆずるくん」のチョコレートプレートとキャンドルが置かれ、さらに、描いた人間だけがわかる「弓矢っぽい模様」が完成する。
ケーキの端のクリームはあいかわらず、ボロボロと崩れているが。
「……さすがに不格好だけど、まあ、手作りっぽくていいかなあ」
1人納得して、冷蔵庫に労作を納める。
きっと多少まずくても、譲は喜んで食べてくれるだろう。
つきあい始めて最初の彼の誕生日。
いつも作ってもらう一方の望美が、一念発起して生まれて初めてケーキに挑戦したのだ。
「譲くん、感激して泣いちゃうかも」
以前、京でピラフ(リゾットと間違えられたが)を作ったときの譲の喜びようを思い出し、望美は冷蔵庫の前でニヤニヤしていた。
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