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桜色の季節 ( 2 / 3 )

 


波の音。

足下の砂の感触。

(ああ…まただ)

ぼんやりと浮かび始めた情景を見ながら、譲は思った。



夕陽が白い砂浜を染めている。

遠くにはシルエットで浮かぶ船。

(この、嫌な夢…)



振り返ると、最愛の人が潮風に髪をなびかせていた。

微笑むその顔が、突然凍り付く。

(嫌だ! もうこんな夢、見たくない!!)




ぱあっと景色が一変する。

「…え…?」

あたりはすっかり桜色。

その花の中から、望美が駆け寄ってくる。

「譲くん! これ、どう?」

着ているのは中学の制服。

うれしそうにくるくる回ってみせる。



「……似合い…ます」

「え? どうしちゃったの?」

沈んだ声にびっくりした望美は、ピタリと止まる。

「……望美ちゃん、何だか大人っぽいから」

「ほんと? わあ、うれしいな」

両頬に手を当ててはにかんだ後、望美は譲の目をまっすぐに見る。




「でも、私は私だからね。着るものなんて関係ないよ。譲くんだって来年は着るんだし」

「…それは、そうだけど」

まだ表情が暗い譲の両手を取って望美が言う。

「譲くんが来るの、待ってるね。私、中学の周りのおススメスポットとかバッチリ調べておくから」

明るい笑顔につられて、譲もようやく微笑み返した。

そう、ほんの1年。たかが1年。




再び、桜色の波が押し寄せ、今度は高校の制服を着た望美が現れる。

「じゃーん! 高校の制服だよ! 似合うかな」

「ええ…」

「もう、譲くん、リアクション薄いなあ」

「すみません。俺も頑張らなきゃと思って」

いきなり望美が真顔になる。

「そっか。自分が受験終わったからって浮かれてちゃ駄目だよね。今度は譲くんが受験生だもんね」

「先輩は気にすることないですよ。高校生活をうんと楽しんでください」



ううんと首を左右に振ると、望美は譲の両手を取った。

「譲くんが来るの、待ってるね。私、高校の周りの」

「おススメスポット?」

「え?」

「いえ。先輩、中学に入るときもそう言ったなって思い出して」

「うそ〜! 私って3年間成長なし?!」

頬を染める望美を見て、譲はまた呪文のように心の中で繰り返す。

ほんの1年。たかが1年。




桜の季節はいつも、あなたを遠くに押しやってしまう……。

それはとてもつらいことだったけれど……。




コトン、と、肩に軽い重みを感じて、譲は目を開いた。

目の前には夢と同じ、桜色の風景。

そして隣では望美が、譲の肩にもたれてうたた寝をしていた。

「!」

傍らには京邸から運んで来た包みが置かれている。

どうやら譲を起こすに忍びなくて、隣に座るうちに眠ってしまったらしい。




桜色の風景の中の、新しい装いの望美。

(ああ、やっぱり…)

と、譲は思う。




いつもいつも、桜の中に立つあなたは少し遠い人で、俺はそれが哀しかった。

けれどそれ以上に、「きれい」だと。

言葉をなくすほどに、見とれるほどに「美しい」と、ずっと思っていた。

春が来るたび、自分がどれほどあなたに惹かれているか……思い知らされていた。

それはこの春も例外ではなくて…。





 
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