再会のあと ( 4 / 4 )
部屋の戸口で、期待どおり「ものすごくイヤな顔」に迎えられた将臣は、望美を下ろすと譲の肩をポンと叩いた。
「じゃあ、後はおまえにまかせるからな」
「大げさだな、兄さん」
フッと頬を緩めると、将臣は譲にだけ聞こえる声で囁いた。
「俺が望美に触れるのはこれが最後だ。後はおまえが守れよ」
「!」
「兄さ……」と言いかけた譲を振り向くことなく、将臣は簀子縁を戻っていった。
「将臣くん、行っちゃったの?」
奥で単衣に着替えた望美が、板戸から顔を覗かせる。
「え、あ、はい。先輩、おかゆなら食べられますか?」
「うん。譲くんが廚に行くなら私もついていくね」
タタタと駆け寄ると、望美はしっかりと譲の手を握った。
「え? でも、そんなに時間、かかりませんよ」
「譲くんが行っちゃうならご飯はいらない」
「先輩……」
頬を染めながら、それでも望美は譲の手を離さなかった。
「ちょっと、いいかしら?」
簀子縁のほうから声がした。
「朔?」
「ええ。入っても大丈夫?」
「ああ、もちろんです。どうぞ」
譲が板戸を大きく開くと、膳を持った朔が入ってきた。
「それ、俺が廚に置いてた食事ですか?」
「ええ。将臣殿に持って行くよう頼まれたの。
はい、望美。譲殿特製のおかゆよ」
温かな湯気が立ち上る膳を見て、望美のおなかが大きく鳴った。
「……あ」
「まあ」
クスッと譲も笑う。
「じゃあ、私は失礼するわね。何かあったら呼んでちょうだい」
朔が微笑みながら立ち去った後、望美は譲の横にぴったりとくっついた。
「先輩?」
「ごめん。私、変だよね。でも、譲くんに触ってないと不安なの」
「……何なら俺が食べさせましょうか?」
「そ、それは大丈夫……だけど………」
うつむきながら木さじを手に取る。
それを少し不思議そうに眺めた後、
「……私……おなか……すくんだ……?」
と、つぶやいた。
「え?」
譲は思わず聞き返す。
「……だってずっと……何も感じなかったから……。
寒さも、暑さも、痛さも、眠さも、空腹も……なんにも……」
表情がまったく動かないまま、望美の双眸からはらはらと涙が零れ落ちた。
「全部遠くて、全部霞んでて、何も考えられなくて……
譲くんを……譲くんだけを探してたから……」
「先輩……!」
望美は両腕を譲の腕に巻き付け、袖に顔を埋めた。
「……温かい。……本物の……譲くんなんだね」
絶え間なく流れる涙。
譲はほかにどうしていいかわからず、望美をしっかりと抱き締めた。
「先輩……泣かないで……!」
涙を塞き止めるように、目尻に口づける。
望美が首を左右に振った。
「いいの。だってこの涙は譲くんと一緒にいられる涙だもの。
温かくて、私に話しかけてくれて、笑ってくれる譲くんと、やっと会えたんだもの。
もう絶対に絶対に、私、離れない……!!」
「………!!」
声を上げて泣く望美を、譲は黙って胸の中に包み込んだ。
何があったのか、望美が何を見たのか。
詳しいことはまた、落ち着いてから聞けばいいだろう。
それよりも、自分が毎夜毎夜夢に見てきた出来事、いつしか黙って受け入れ、そのときを待つようになってしまった出来事が、どれほどの痛手を望美に負わせるのか、譲は嫌というほど思い知らされた。
守りたいと。泣かせたくないと。
それだけを考えていた自分の愚かさに歯噛みしたくなる。
(……生きなければ)
望美の髪を指で梳きながら、譲は誓った。
(この人を幸せにしたければ、俺は生き延びなければ。
そうしていつか、ともにあの世界に帰る。
その夢を絶対に諦めてはいけないんだ)
「……先輩」
腕の中の震える肩に囁きかける。
「俺も絶対にあなたを離しません。
これからの戦いを必ず生き抜いて、一緒に元の世界に帰りましょう。
あなたがいつでも笑っていられる未来を、俺に作らせてください」
「……譲……くん……」
ようやく望美が顔を上げた。
その泣き濡れた頬を、譲が袖でそっと拭う。
「愛しています、望美さん。誰よりも、何よりも。
だからどうか、俺を信じてください」
「……!」
覚えたばかりの口づけで、望美の唇をゆっくりと塞いだ。
安心させるように、深い愛情が伝わるように、繰り返し、繰り返し口づけの雨を降らせる。
屋島で何があろうと、夢の中で背を貫く黒い稲妻が何であろうと、俺は生きる。
絶対に生き延びる。
その揺るぎない決意を込めて。
将臣が鎌倉を発ったのは、その翌日のことだった。
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