大原の夜 ( 2 / 5 )
「やっぱりまだ春なんだね。夜になると寒い」
もう少し身体を近づけながらつぶやく。
「え、大丈夫ですか? 何か羽織るものを見つけてきましょうか」
「ううん。火があるから平気だよ」
譲くんが黙り込んだ。
しばらくして、思い切ったように口を開く。
「……先輩、腕を離してもらっていいですか」
「え? どこか行っちゃうの?」
不安そうに見上げる私に微笑みかけながら、彼は解放された腕を私の背中に回した。
そのまま、軽く胸に抱き寄せる。
「すみません。でも、このほうが温かいと思って」
身体を半分以上彼の胸に預けた形で、耳元で囁かれて、今さらながら私は真っ赤になった。
「…あ、あの、じゃあ、この着物も一緒に羽織らない?」
あわててモソモソと動いて、水色の上着を脱ぐ。
「先輩、どうしても俺にそれを着させたいんですね」
譲くんが苦笑する。
炎の照り返しで、真っ赤なことは悟られずに済んだらしい。
わかりました、と、着物を広げて一緒にかぶる。
体温がぐっと近くなって、一人で羽織っているよりも温かく感じた。
「あ、やっぱり正解だよ。あったかい」
「そ、そうですね」
言いよどんだ譲くんの顔を見ると、炎の照り返しではっきりはわからないが、赤くなっている気がした。
「?」
譲くんが、新しい枝を火に投げ込む。
一瞬、炎が勢いを増した。
「きれい…」
「倒木が乾いていてよかったです。今夜一晩はもちそうだ」
パチパチ…
暖かい火が、心まで温めるような気がする。
「…なんか、譲くんとゆっくり過ごすのって、すごい久しぶりだね」
炎に照らされながら、私は言った。
「この世界に来る前も、中学と高校に別れちゃってから、あんまり話す機会がなかったから」
「…それは…仕方ないですよ。学校が違えば」
そう言った横顔を思わずキッと見上げる。
「同じ高校に入ってからだって、クラブばっかりでかまってくれなかったじゃない?」
「え?」
なぜか、目だけがこちらを向く。
「朝は将臣くんは遅刻ばっかりだし、譲くんはクラブの早朝練習だし、帰りは将臣くんはバイト直行だし、譲くんはクラブだし、行きも帰りも一人で歩くこと、結構多いんだよ。休みの日だって、それぞれ忙しそうで…」
「…俺、もっと兄さんがいろいろつきあってるんだって思ってました」
(どうして?)という顔で見上げると、また譲くんは向こうを向いてしまった。
「…だからって、寝坊の先輩を早朝練習の時間に起こすのもなあ…」
「………あの…」
「はい?」
また目だけがこちらを見る。
「…私、何か譲くんを怒らせた?」
「え?」
「だってさっきからたき火ばっかり見て、全然こっちを向いてくれないじゃない」
「そ、それは…」
また目が空をさまよう。
今度はちゃんと襟元だって締まってるし、こっちを向けない理由なんてない。
「何? 私どうすればいいの?」
「い、いえ、先輩のせいじゃなくて…」
「じゃあ何?」
ぐいっと身を乗り出す。
「あ、あの、今、この姿勢で先輩のほうを見たら…!」
「見たら?」
譲くんが一瞬目を閉じて、思い切ったようにこちらを向いた。
|