思いやり ( 2 / 2 )
(忍人さんが心配…? とってもそんなふうに思えなかったけど…)
(いいからそのまま吐け)
(かえって吐き気が強くなるかもしれんが、水分は摂ったほうがいい)
確かに、私が倒れると同時に介抱して、水をくむ杯まで携えていて、偶然にしては手回しがよすぎる。
(……よく我慢した)
前のめりに倒れ込もうとする私を抱きとめながら囁いた言葉。
そのシチュエーションを思い出して、急に頬が熱くなる。
(な、なんで私、赤くなってるのよ! あんな意地悪将軍に!)
両手で頬を包みながら、顔をブンブンと左右に振った。
(だいたい水浴び中の私を見ても、顔色ひとつ変えなかったのよ!!)
(水に入る時でも、武器を手元から離すな)
(遠夜にも意地悪したし)
(出自のわからぬ土蜘蛛を軍に引き入れ)
(サザキにだって)
(賛成はできんが、可能性がないとも言えない)
(…………………………)
何だか、全部の場面で自分のほうが悪かった気がして、私は思わず黙り込んだ。
言葉はきついし、態度はでっかいし、優しさなんて微塵もないように思えるけれど…
(あの人はいつも、本当のことを言ってるんだ)
(配下の命を預かる身で、今のきみを王に戴きたくはない)
(…………………………)
「……いつか、笑ってほしいな…」
声に出して言ってみる。
ちゃんと期待に応えて、あの厳しい表情を和らげてみたい。
(……よく我慢した)
あのとき、どんな顔をしていたんだろう。
寝室の外の空を見上げながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
* * *
「きみに倒れられては迷惑だ。軍議への出席は遠慮してもらおう」
「も、もう大丈夫です! たくさん寝たし、めまいもおさまりました!」
「だがまだ食事はとれていないだろう?」
楼台の扉の前に立ちはだかった忍人さんに、図星を突かれて私は黙り込む。
な、なんでそんなことまでわかるの、この人。
「論外だ。吐くものすら胃に入っていない人間が、寝台を離れていいわけがない」
「忍人の言うとおりですよ、千尋」
(神子、戻ろう)
風早と遠夜からもそう言われて、私は頭を垂れる。
「安心しろ。きみが回復したら、嫌でも指揮権は返す」
「え?」
意外な言葉に、思わず顔を上げた。
「中つ国の戦は、二ノ姫を宮に返すための戦だ。当然のことだろう?」
聞き慣れた言葉なのに、何だか特別な意味をもつような気がして、私はいきなりカーッと赤くなった。
「……二ノ姫…?」
忍人さんが、キョトンと見つめている。
私は、ますます顔が赤くなるのを止められない。
「わ、わかりました。じゃあ、今は忍人さんにお預けします」
「……ああ。そうしてくれ」
風早と遠夜に付き添われて廊下を引き返す。
少し歩くと、風早に囁いた。
「か、風早、忍人さん、まだ見てる?」
ちらっと後ろを振り返ると、風早が言った。
「見てますよ。不思議そうな顔をしてます」
(あ〜〜! もう、私の馬鹿!! なんであんな反応したのよ!!)
また頬の温度が上がる。
「…あ」
「何? 風早」
「笑いました」
「え?」
「久々だな、忍人の笑顔。やっぱりかわいいなあ」
「…………」
扉の閉まる音がして、忍人さんが楼台に入ったのがわかった。
「……風早、ずるい」
「大丈夫、そのうち千尋にも笑ってくれますよ」
「そうかなあ…」
あの険しい表情が、どんなふうに笑うのか想像もつかない。
でもきっと……。
「かわいいんだよね」
「ええ」
本人が聞いたら、頭から湯気を出して怒りそうな言葉を交わしながら、私たちは寝室へ向かった。
結局、ずいぶん後まで、その表情を見ることはできなかったのだが。
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