思いやり ( 1 / 2 ) 「千尋、無理しちゃだめですよ」 「大丈夫。あんなこと言われて、寝てなんかいられないよ」 私は風早に笑いかけてから、楼台に向かった。 天鳥船は今、地上に降りている。 だから、廊下が揺れているように感じるのは体調のせいだろう。 この数日、頭が重くて、軍議の最中に発言を聞き漏らすことが何度かあった。 それをじっと見ていて、 「議論に加わる気がないのなら、ここから出て行ったらどうだ」 と言い放ったのが葛城将軍。 「ただし、軍の指揮権は放棄してもらおう」 「おや、忍人、私は我が君の下でしか働く気はありませんよ」 柊が口を挟むと、 「ならば貴様もここから去れ」 と、冷たく答えた。 その場は風早の取りなしで何とか収まったけれど、この上軍議に遅れたら何を言われるかわからない。 (だいたいあの人、隙あらば私を将から下ろそうとするんだから…) これまでの数々の発言を思い出し、私ははらわたが煮えくり返る思いだった。 ズンズンと廊下を進んでいくと、遠夜が扉の前に立っていた。 「どうしたの? 遠夜」 (神子、今日はとても気が乱れている) 心配そうな顔で言われて、思わず微笑む。 「ああ、ちょっと怒りすぎたかな。大丈夫だよ、遠夜」 (でも、神子……) 結局、私の後ろには、不安そうな風早と辛そうな顔の遠夜が連なることになり、何だかまたあの将軍に嫌みを言われそうだった。 * * * これからの進路、当面の作戦、兵の訓練と配置……。 懸命に意識を保って、議題を次々と片付ける。 「その辺で十分だろう」 という葛城将軍の言葉で、軍議は終わった。 ほっとした途端に、本当に気分が悪くなる。 細かい項目を話し合っている風早たちに気づかれないよう、足早に楼台を出ると、堅庭に駆け込む。 泉の水までももたずにしゃがみこむと、 「いいからそのまま吐け」 と、背中をさすられた。 身体を支えられたまま、何度か戻す。 が、このところロクに食べていないので、すぐに胃液しか出なくなった。 ゲホゲホと咳き込んでいると、水が差し出された。 そのとき初めて、声の主の姿を見た。 葛城将軍---忍人さんだった。 「!!」 「かえって吐き気が強くなるかもしれんが、水分は摂ったほうがいい」 言われて、おそるおそる水を口にする。 そしてすぐに吐き出してしまう。 忍人さんは黙って背中をさする。 それを何度か繰り返したあと、私はついに気が遠くなった。 (だめ! この人の前でだけは、こんな姿を見せては…!!) と、心で叫びながら。 * * * 涼やかな風が頬を撫でた。 ぼんやりとしたまま目を開ける。 私は、自分の部屋の寝台に寝かされていた。 遠夜と風早が枕元につきそい、その後ろに柊やサザキの姿も見える。 「……あれ…?」 「気分は? 千尋」 穏やかに風早が尋ねる。 「うん…もう、平気」 私がそう答えると、いっせいにみんながため息をついた。 「はーっ! まったく、驚かさないでくれよな、姫さん」 「我が君、あなたがお目覚めになられるまで、生きた心地がしませんでした」 遠夜が枕元で微笑む。 (よかった。神子の気、落ち着いている。よく眠れば、きっと大丈夫) 「さあ、では千尋を疲れさせてはいけませんから、みんな、出ていってください」 風早が立ち上がって、退室を促した。 (神子、果物をもってくる) 遠夜もそう言い残して部屋を出た。 一人残った風早に、私は尋ねる。 「風早、さっき、忍人さんがいたと思うんだけど」 「ええ。千尋をここまで運んで、俺たちを呼びに来たのは忍人ですよ」 うわあ、最悪。 「………怒ってた……よね」 一番弱みを見せたくない人に、よりによって……。 私は落ち込んだ。 「すごく怒ってましたよ、でも千尋にじゃありません。俺にです」 「え?」 風早はにっこり笑って寝台に腰を下ろす。 「『従者たるもの、主の不調に気づかなくてどうする。こんなになるまで無理をさせるな』ってね。忍人は、昨日の軍議の時から、千尋の不調に気づいてたんです」 「…!」 くすくすと風早が笑う。 「彼の物言いはわかりにくいんですよ。どうやら『調子が悪いなら軍議になど出ないで休んでいろ』と言いたかったらしいんです。それが、きみが真っ青な顔でまたやってきたから、ハラハラして堅庭まで追いかけていったんでしょう」 「……わ、わかりにくい…」 「本当に。でも、あれでなかなか優しいんですよ」 風早がうれしそうに言った。 「……あ…」 ふっと思い出して、私は口に手を当てる。 「千尋?」 あのとき、気を失う直前。 (……よく我慢した) そんな声が聞こえた気がした。 今まで聞いたことがない、優しい声。 「…そう……なのかな。まだ、信じられないけど」 「俺の友達を見る目を信用してください」 風早はもう一度にっこり笑うと、私に上掛けをかけ直した。 「さあ、もう寝たほうがいい。千尋がよくならないと、俺が忍人に冷たくされますからね」 「…友達なのに?」 上掛けから目だけ出して尋ねる。 「俺の友達は、みんな厳しいんです」 そう言ってウインクすると、風早は部屋を出て行った。
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