おあいこ ( 1 / 5 )
それは譲にとっても災難でしかなかったのだが。
その日、望美は朔を訪ねて景時の邸に泊まりがけで遊びに行っていた。
女同士、積もる話もあるのだろうと快く承知したが、さすがに新妻のいない夜は侘しく、譲はいつもより早く床に就いた。
夜半、完全に眠っていた譲の褥に、一糸まとわぬ姿で入ってきた女性がいた。
口づけされて、望美が帰ってきたのだと寝ぼけた頭で認識し、抱き締めたところで望美の声が聞こえた。
「ゆ、譲くん……!!」
「え?」
目を開くと、御簾のそばで望美が立ちすくんでいる。
顔色は真っ青。
状況がわからず、自分の腕の中を見ると、望美付きの女房の1人がいた。
譲は愕然とした。
「え?! ど、どうしてあなた?! いや、先輩、これは」
「ひどい……!! 譲くんがまさか浮気するなんてっ!!」
譲の弁明をいっさい聞かずに、望美はその場から走り去った。
「先輩っ!!!」
結婚してから後、「望美さん」と呼ぶようになっていたのだが、すっかり元の呼び方に戻っていることに、譲は気づきもしなかった。
その後、朔のもとから戻ってこなくなった望美を、八葉が代わる代わる説得し、誤解を解き、ようやく譲との再会にこぎ着けるまで、実に1カ月を要した。
つまりは、譲に恋い焦がれた女房の1人が、望美の留守中に強引なアタックをしたというだけなのだが(彼女は暇を出された)、あまりにあまりなシーンを目撃した望美のショックは大きく、さらに
「キスして抱き合ってたんだよ! 寝ぼけてるからって、ほかの女の人と!!」
という事実がどうしても許せないらしかった。
* * *
「……そのくらいのことで大騒ぎになるのか、望美の世界では」
九郎が、言いにくそうに口を開いた。
久々に京に上ってきたヒノエを伴い、彼は弁慶とともに景時の邸にいた。
朔も、兄の横に控えている。
「望美さんの世界は、国の長に至るまで一夫一婦とのことですし、ほかに女性がいることが分かって、離縁する例も多いそうですよ」
弁慶がにこやかに解説した。
「……それは……大変だな」
九郎がごくりと生唾を呑み込む。
ヒノエが面白そうに言った。
「何? 九郎。やましいことでもあるのかい」
「ば、馬鹿を言うな! 俺よりお前のほうが、差し障りが多いだろう!」
真っ赤になって反論する九郎の横で、景時が感心したように言う。
「政子様も頼朝様の愛妾の家を焼いちゃったって言うし、鎌倉の女性は激しいのかなあ?」
「兄上」
朔に冷たくたしなめられ、首をすくめる。
(……しまった、ここにも鎌倉の女が……)
「とにかく、2人はいまだにギクシャクしているらしいわ。何か、仲直りするきっかけがあればいいんだけれど」
朔が、心配そうにうなだれた。
「……実は、僕に策があるのですが」
弁慶の穏やかな声に、全員が顔を上げる。
* * *
はあーーーーっと、地の底に沈みそうなほど深い溜め息を譲はついた。
世界広しと言えども、「浮気」という言葉から最も遠いのが自分だろうに、なぜこんな目に。
つい、望美を責めたくなる心を戒めるのは、
(もし逆だったら)
という思いだ。
寝ぼけた望美が裸の男と抱き合っているのを見たら、その相手を殺さずにいられる自信がない。
たとえ相手が八葉の誰かであろうと……だ。
そう考えれば望美の受けたショックの大きさもよくわかり、彼女が自分を許したいのに、許しきれない気持ちも理解できた。
しかしもう1カ月半、まともに口をきいていない。
望美一筋の譲に、それはあまりに辛い日々だった。
ガックリと肩を落としていると、聞き慣れた軽やかな足音が耳に届く。
「まさか」と動かした視線の先に、頬を紅潮させた望美が立っていた。
「先輩……!」
「譲くん、私、旅行に行ってくるね」
久々に見る笑顔。
だが、言っている内容が穏やかでない。
「旅行……って?」
「敦盛さんと一緒に、将臣くんを訪ねるの! ヒノエくんが船を出してくれるって言うし、弁慶さんも付き添ってくれるっていうから、安心だよ!」
(何が安心ですか〜〜!! 最悪の組み合わせじゃないですか〜〜!!!)
譲は心の中で叫んでいた。
|