泣いたり笑ったり ( 2 / 2 )
「譲くん?」
高校から駅に向かう帰り道。
いつになくしっかりと手を握られて、望美は不思議そうに譲を見上げる。
その視線に気づき、譲はあわてて手を離した。
「あ、す、すみません。痛かったですか?」
「ううん。でも、珍しいなと思って。譲くん、恥ずかしがりだから」
望美がつなごうと言っても、学校のそばではまずつないでくれない。
少なくとも今まではそうだった。
「……それは……。先輩が嫌じゃないかと思って。俺なんかとつきあってるって思われたくないかもしれな」
譲の言葉が終わる前に、望美はぎゅーっと譲の手を握った。
「なんだ、そんな理由だったの?! だったら私、これからはもう遠慮しないからね!」
「せ、先輩?」
「私、譲くんとつきあってるって思われたいもん。だって、本当のことだから!」
「先輩……」
望美の手を柔らかく握り返すと、譲はもう片方の手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
(ああ、もう、つきあってそれなりに時間がたつのに、どうして俺はこういうことを言われるたび、泣きたいほどうれしくなるんだろう……)
「そうだ、シュークリームとエクレア、もう少しあるから持っていってください」
何気なく誘って入った自宅に、家族の姿はなかった。
「うわあ、キッチンに甘い匂いが漂ってる~!」
望美がクンクンと鼻を動かしながら歩きまわる。
「作ってるときは感覚が麻痺するんですが、確かにいかにも『お菓子作りました』っていう匂いですね」
「これがうちまで漂ってきたら、すぐに飛んできちゃうよ!」
「作ったらちゃんと呼びますから、家の窓は閉めて寝てくださいよ」
譲は苦笑しながら、手作りの菓子を紙箱に詰め始めた。
「そういえば、譲くん、今日どうして手を握ったの?」
唐突な質問に危うく箱を落としそうになる。
「え? ど、どうしてって?」
「絶対理由あるよね?」
正面に立ってじっと見詰められ、仕方なく譲は口を開いた。
「弓道部の先輩たちが、あなたのことをいろいろ聞いてきて……もしかして、先輩のこと好きなんじゃないかって…。だから俺、あなたを取られたくなくて……」
「う~ん……」
いきなり望美が腕組みをして考え込んだのに、譲は戸惑う。
「す、すみません、こんなこといちいち気にして…!」
「……なんかね、有川兄弟はうちの高校の男子で一番人気があるんだって」
「……は?」
「ということは私も、もっと焦らなきゃならないんだよね。譲くんに告白しにやってくる女子、すごく多いって聞いたし」
「先輩」
「でもなんでかなあ。あんまり不安じゃないの。譲くんを誰かに取られるかもって思わない」
腕組みを解いて、望美が明るく笑う。
「私、図々しいのかな?」
次の瞬間、譲は望美を抱きしめていた。
「……そんなこと、絶対に起こらないからです」
お菓子とは違う、甘い香りが望美の髪から立ち上る。
誰よりも大切な、愛しい人。
「……だったら譲くんは、私のこと信用してくれてないの?」
「俺が信用できないのは、先輩じゃなくて自分自身です。今になっても、どうしてもあなたの彼氏としての自信がなくて、俺なんか全然……いたたたたた!」
望美にほっぺたを思いきりつねられて、譲は思わず腕を緩めた。
「なんてこと言うの! 私が大好きな譲くんの悪口を言うのはやめて! たとえ譲くんだって許さないよ!」
「……はあ?」
腰に手をあてて、本気で怒っているらしい望美を呆然と見る。
「私は譲くんが、そのままの譲くんが、誰よりもずっと好きなんだよ。大好きなんだよ。だから譲くんの悪口なんて聞きたくない!」
「……先輩」
「私だって自分のこと、100パーセント好きなわけじゃない。ううん、嫌いなところ、いっぱいあるよ。でも譲くんが好きって言ってくれるから、私は私のこと、許す気になるし、ここにいられてよかったって思うの。譲くんがいるから、私は私でいられるんだよ」
「…………」
言葉を探している譲に、望美は両手を広げて抱きついてきた。
「だから、お願い。譲くんも、私が大好きな譲くんを、好きでいて」
「先輩……」
望美の背中に腕を回し、そっと抱きしめる。
「先輩が好きな俺を、俺は好きにならなきゃいけないんですね……」
「うん」
「すごい発想ですね」
「そんなことないよ」
「……一つだけ確かなのは、俺があなたを好きだから、あなたは自分を好きでいられる。その役に立っている俺のことは、好きかもしれないって」
「もう~、譲くんたら、面倒くさいな~」
望美が焦れたように頬を膨らませた。
「最初はそのくらいで勘弁してください」
そう笑うと、もう一度望美を抱きしめる。
そして、髪に、額に、頬に、唇に羽のようなキスを降らせた。
恋する気持ちはまるでジェットコースターのように、喜怒哀楽の間を目まぐるしく駆け巡る。
うれしさと嫉妬と不安ととめどない愛しさと。
けれど、その積み重ねの向こうに、もっと穏やかで確かなものが生まれるのかもしれない。
今はまだ、自信も経験も足りなすぎるけれど、こうして二人でいられる喜びは何よりも大きいから。
あなたが好きだと言ってくれる自分を、もう少しだけ認められる日が来るかもしれない。
いつかきっと、そんな日が……。
「なんか有川、最近変わったよな~」
「弟のほう? そういえば前より笑うようになったよな」
「人当たりもやわらかくなったっていうか、余裕が出てきた?」
「やっぱ彼女ができると違うのかな~」
「俺らも人のこと気にしてないで彼女作ろうぜ~」
「うわ、それ言っちゃおしまいだろうが」
いつかきっと。
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