もう一度 ( 3 / 3 )
さっきの会話が脳裏によみがえった。
苦々しい思いで口にしたあの言葉。
『別に……つきあってるわけじゃ……』
それが望美を傷つけたというのだろうか。
「あの……先輩……?」
急にトーンが落ちた譲の声に気づかず、望美はかぶりを振りながら思いを吐き出す。
「わかってるの!! 譲くんがそばにいてくれるのは、幼なじみで八葉だからって! 誤解しちゃいけないんだって! 私はもう神子じゃないんだから、本当はいろいろ心配してもらう資格もないんだって!」
「俺はあなたが神子だから守ったことなんて一度もありません」
すぐに力強い声が応えた。
ぴたりと、望美の動きが止まる。
不思議そうな表情を浮かべて見上げる望美の目を、まっすぐ覗き込んで譲は続けた。
「あの世界でも、迷宮でも、俺があなたを守ったのはあなたが好きだからです。神子とか八葉とか関係ない。幼なじみも関係ありません。俺はあなたが……あなたのことが好きだから守りたいんです」
望美は目を見開いたまま、しばらく身じろぎもしなかった。
譲は祈るような思いでその顔を見つめる。
突然、望美の頬が朱に染まった。
譲の緊張が緩む。
「ゆ、譲くん、だって、いつも、八葉だからって」
「本当の気持ちを言ったら、先輩が困るでしょう?」
「でも、あんなに命がけで、闘って、私を守って…」
瞳がさらに大きく開かれる。
「……それも……私のため…?」
信じられないという表情の望美。
「…俺は最初から八葉失格なんです」
小首を傾げて、困ったように譲が微笑んだ。
「…嘘……」
「本当に」
がくんと膝が崩れ、望美はその場に座り込んでしまった。
「先輩! 大丈夫ですか?!」
あわててかがみ込んだ譲の顔を、泣いているような笑っているような複雑な顔でみつめる。
「こんな……」
「はい?」
「こんなかっこわるいの、嫌」
「は?」
譲の膝にしがみついて、真剣な顔で訴える。
「だって! だって告白されるのってもっとロマンチックで、うっとりするような瞬間じゃないの? 私、ずーっと譲くんに告白されるの夢見てたのに、こんな……」
ポロリと涙がこぼれる。
「こんなにかっこ悪いんじゃ、思い出にもできない…!」
「先輩……!」
女の子ってこんなことで泣くのか……と、感心しながら、譲は望美の涙を指でそっと拭った。
「じゃあ……もう一度始めからやりましょうか」
「へ…?」
望美を助け起こして準備室のイスに座らせる。
何が起こるのかと緊張している彼女の前に立ち、まっすぐ瞳を見ながら口を開いた。
「春日望美さん、俺はあなたが好きです。俺とつきあってもらえませんか」
「…え……!?」
いきなりの告白に一瞬硬直した後、ぱーっと望美の顔が赤くなる。
「え、で、でも……本当に……わ……私なんかでいいの……?」
「あなたじゃなきゃ駄目なんです」
心からの想いを込めた言葉。
「あなたのそばに……恋人としていさせてください」
見る見るうちに望美の瞳に涙があふれた。
「譲くん……!」
イスから立ち上がり、勢い良く胸に飛び込んでくる。
それを両腕で優しく受け止めた。
「結局、泣いちゃうんですね」
大泣きしている望美を愛おしげに見ながら、譲は言った。
「だって、だって…うれしいんだもん……!!」
鼻の頭を真っ赤にしながら、望美が答える。
これが「かっこ悪くない思い出」になったかどうかは微妙だが、譲は両手で望美の頬を包み込んで上を向かせた。
「さあ、先輩、返事を聞かせてください」
「え? そんなの決まって……」
「先輩の口から聞きたいんです」
「……!……」
顔を一層赤くして、しばらく目を泳がせた後、ようやく小さな声が聞こえた。
「……はい…。私のそばにいてください…ずっと…」
「約束します」
力強い答え。
また新たな涙がポロポロと望美の瞳から落ちる。
「先輩、今日は泣き過ぎですよ。涙腺壊れちゃったんですか」
「だって、落ち込んだり舞い上がったり忙しくて」
ふふっと微笑んだ後、譲は望美をギュッと抱き締めた。
「……譲くん…?」
望美が不思議そうに問いかける。
上を向いたまま、譲は答えた。
「しばらくこのままいさせてください。俺も……この奇蹟を信じられるようになるまで」
「………」
望美は、一瞬譲も泣いているような気がしたが、何も言わず、そのまま胸に頬を預けた。
窓の外はしんしんと降る雪。
だが、厳しい寒さも、二人のところまでは届かなかった。
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