紅葉の庭 ( 2 / 3 )
「うわ、きれい……」
「久々に目にされたからでしょう」
しばらく、共に庭の光景を眺めた後、幸鷹は柱に寄りかかる形で花梨を座らせた。
衣紋掛けから袿を取り、単衣の上にはおらせる。
「寒くありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「では、もう少し庭に近づきましょう」
もう一度花梨を持ち上げると、今度は階のところに腰掛けるように座らせた。
別の薄物を膝の上に掛け、姿勢を保てない花梨のため、横に座って背中に腕を回す。
「ゆ、幸鷹さん、これじゃ重いでしょう?」
「いいえ。あなたお一人の背中を支えるくらい造作ありませんよ。ご遠慮なく寄りかかってください」
「す、すみません……」
それでも少しでも軽く感じられるよう、花梨は腕ではなく横にいる幸鷹のほうにもたれかかった。
「……あの……こんな格好でもいいですか?」
「神子殿のお望みのままに」
意図を察して、幸鷹が微笑む。
侍従の香を胸に吸い込みながら、花梨は庭に目をやった。
まぶしい陽光が照らし出す庭に、はらり、はらりと紅葉が落ちていく。
池の表面に色とりどりの落ち葉が浮かび、その下をゆったりと魚が泳ぐ。
小鳥が熟した木の実を啄み、大空高く鳶が輪を描いている。
人の力と、自然の力が均衡を取り、最も美しく調和した空間。
「……こういう風景を、着物の柄にしたり、絵で描いたりしているんですね」
花梨がポツリとつぶやいた。
「そうですね。人の心に残る美しさですから」
幸鷹も庭を眺めながら答える。
考えてみたこともなかった。
日本の伝統的な図柄や、家紋や、花鳥風月を描いたたくさんの絵画。
それらはこういう美しい自然を観察することから生まれたのだ。
花梨たちの世界では、古くさくて忘れられかけたいろいろな物にも意味と理由があって、その時代の人たちを楽しませ、慰めていたのだ。
「……私……よかったのかもしれないです」
幸鷹の袖に頬を埋めるようにして、花梨は言った。
「神子殿?」
「ここに来なければ、自分の身の回りのものの美しさ、素晴らしさに気づかなかったかもしれないから。ここに来てよかったって、思えることがひとつできました」
くすっと幸鷹が笑った。
「?」
「いえ。まだ『ひとつ』なのですね。もっとたくさん感じていただけるよう、私も努力いたしましょう」
「す、すみません! 私、ついうっかり……!」
慌てて取り繕おうとする花梨を、幸鷹は柔らかく抱き寄せた。
「?」
「どうかお気になさらないでください。あなたは縁もゆかりもないこの都を守るため、歩くこともかなわないほど力を尽くされたのですよ。ひとつでも『よかった』と感じることがあって、本当によかったと思います……あ、これは、私のほうの『よかった』ですね」
「幸鷹さん……」
ここまでの日々、幸鷹は紳士的ではあったが、花梨を甘やかすような言葉は決してかけなかった。
今、こんなに優しく接してくれるのは、自分が床についているからなのかもしれない。
このタイミングで幸鷹が訪ねてきてくれてよかった。
花梨は心からそう思った。
「もうひとつありました……『よかった』」
「神子殿……?」
花梨はそのまま目を閉じて、降り注ぐ陽の光の暖かさを全身で楽しんだ。
幸鷹もあえて問い直すようなことはせず、黙って花梨の細い肩を支える。
長いようで短い時が流れた。
「……でもこれって、何かのリハビリになってるのかな」
突然、花梨がつぶやく。
「はい?」
「私、幸鷹さんに寄りかかっているだけで、あんまり運動になっていない気が……」
難しい顔で考え込む花梨に、幸鷹は微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。姿勢を変えるだけでも、使う筋肉は異なりますから。ずっと寝たきりだったのです、急に動くのはかえってよくありません」
「そう……なんですか?」
「ええ」
花梨の背中を片手で支えたまま、幸鷹は花梨の顔を正面から覗き込んだ。
「神子殿は何かとご無理をしがちですからね。どうか焦らず、ゆっくりと体を慣らしていってください。よろしいですね」
「…………はい」
「返事が少し遅かった気がしますが」
「は、はい! わかりました!」
シャキッと背筋を伸ばして花梨が答えると、幸鷹は破顔した。
「え? あれ? 幸鷹さん?」
「いえ。よいお返事でした。ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと、そんなに笑わないでください。何か恥ずかしい」
肩を震わせて笑う幸鷹の胸を、力なくポスポスと叩きながら、花梨はさっきよりかなり動けるようになった自分に気づく。
幸鷹も同じことに気づいたのか、花梨の手をそっと取ると、「無理をしてはいけませんよ」と下ろさせた。
秋の盛りの庭を前に、期せずして見つめあう二人。
「私たちは必ず神子殿を元の世界にお返しします。それまでどうか、あなたを支えさせてください」
「幸鷹さん……」
互いの瞳に、互いの姿が映り込む。
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