満月 ( 1 / 2 )
「よお、朔ちゃん。手伝おうか」
暗闇からいきなり声がかかって、朔は手にした桶を落としそうになった。
余裕の笑顔で木の陰から現れたのはヒノエ。
どこかに偵察に行った帰りのようだ。
「ヒノエ殿! もう、驚かさないで。せっかくの水を零すところだったわ」
速くなった鼓動を抑えるため、胸に手を当てながら朔が抗議する。
「悪い悪い。何だ、白龍も手伝いか?」
朔の後ろの小さな影に気づいて、ヒノエが言った。
「うん。……でも、朔はヘン」
「変?!」
問い返すヒノエに、白龍は真剣な顔で訴える。
「私も桶を持つと言ったのに、重いからいいと言った。では何のために私を連れてきたのだろう」
「は、白龍、そんなこといちいち気にしないで」
頬を染めて言う朔に、ヒノエは思い当たるフシがあるように尋ねた。
「朔ちゃん、今、姫君のそばには誰がいるんだい?」
「さ、さあ。誰かはいるんじゃないかしら」
目を泳がせながら答える。
ヒノエはそれをじーっと見つめ、
「譲か」
と呟くと、身を翻した。
* * *
「ヒノエ、慌ててどうしました?」
傍らを駆け抜けようとする甥に、弁慶が声を掛ける。
「あんたには関係ねえよ」
陣幕での軍議が終わり、八葉たちがゾロゾロと自分の陣に戻り始めていた。
「何だ? 敵襲か?」
九郎は緊張して尋ねた。
「…ある意味ね」
九郎が頭に大きな疑問符を浮かべるのを尻目に、ヒノエは陣に急ぐ。
そして到着した陣幕の中に、望美と譲の姿はなかった。
「?」
何事かあったのかと陣の外に踏み出して、2人の声を耳にする。
見上げると、小高い丘にある大木の根元に座る影が見えた。
「…ったく、逢い引き気分かよ」
木の上からでも驚かしてやろうかと思った時、望美が譲の胸に顔を寄せた。
譲は驚いて硬直している。
望美が微笑みながら譲の耳元に何か囁くと、いきなり譲が望美を抱き締め、唇を重ねた。
無理矢理ならすぐにでも止めるが、望美が譲の背中に手を回したのを見て、ヒノエは脱力する。
「おいおい…」
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