癖 ( 3 / 3 )
翌朝、朝餉の席で隣の景時と雑談しているうちに、ふと気づいて譲は望美のほうを見た。
バチッと音がするほどに視線がぶつかる。
「あちちち!」
慌てた望美が膝の上に汁をこぼし、場が一瞬騒然とした。
「望美、大丈夫?」
「神子、痛い?」
バサッと濡らした手ぬぐいをすぐ膝にかけたのは譲。
「あ」
「まったく…これからは膝に厚手の布でもかけて食事してください、先輩」
「そ、そうだね……」
「相変わらず、火傷の手当ては素早いですね、譲くん」
弁慶が横から微笑みながら言う。
「これは時間が勝負ですから。どうですか? ひどいようなら冷やしますか?」
「え……ど、どうかな……」
望美がまだうろたえているのを見て、「念のために」と譲が手を引いて井戸端に連れ出す。
伏せた桶の上に座らせて、柄杓でそっと水をかけながら様子を見た。
「冷た~い」
「しばらく我慢してください」
「うん」
無言のまま、水音だけが響く。
所在なげに、ふうっと望美が溜め息をついた。
「すみません、俺のせいですよね」
ポツリと譲が言う。
「え?」
「いきなり目が合ったから。先輩を慌てさせちゃって」
「そ、そんな! 全然譲くんは悪くないよ! っていうか……」
口ごもった望美を見上げると、頬がほんのり赤くなっている。
「……先輩?」
しばらくためらった後、望美が口を開く。
「……ほんとに……私、癖になってたんだね……」
「え?」
「その……譲くんを見るのが……」
「え……?」
「…………」
「…………」
じれったいような、くすぐったいような沈黙。
「ご……ごめんなさい」
「そんな、謝るようなことじゃ……」
「でも何かストーカーっぽい」
プッと思わず譲が吹き出す。
「譲くん?」
逸らした目を譲に向けると、びっくりするほど柔らかい笑顔があった。
「いいですよ、ストーカーしてください。大歓迎です」
「そ、そんな、それじゃ私、危ない人だよ」
「…………」
まぶしいような、少し哀しいような笑顔で望美を見つめる。
「先輩はもう俺の癖は把握したんだから、そのうちその癖もなくなりますよ。今度は九郎さんあたりでも観察してみたらどうですか」
「観察しなくてもわかりやすいから、あの人」
「そうか……じゃあ、弁慶さん?」
「返り討ちに合いそうで怖い」
二人で笑いあう。
「じゃあ、次の研究対象が決まるまで、俺を観察しててください。もうネタは出尽くしたと思いますけどね」
「どうかな。まだまだ奥がありそうな気がする」
「光栄です」
仕上げに柄杓でもう一杯水をかけると、
「さあ、そろそろ大丈夫でしょう。中に戻りましょう」
と、望美の手を取った。
手ぬぐいで膝を軽くぬぐって、望美が立ち上がる。
「あ、そうか」
「はい?」
「わかった。譲くんの最大の癖!」
「?」
「思わず私の面倒を見ちゃうことだね!」
「……!」
手を離し、黙ってスタスタと歩き出した譲を追いかけながら、
「え? どうしたの? 私なんか変なこと言った?」
と、望美が問いかける。
(それは癖なんかじゃないんですっ!!)
と、大声で叫びたいのをぐっとこらえて、譲は廚の引き戸を開けた。
「さあ、先輩、朝ご飯の続きを食べましょう」
「? うんっ!」
望美を先に通しながら、聞こえないように譲は大きな溜め息をついた。
俺の最大の癖は……
朔や八葉たちに声をかけながら席に戻る望美を見ながら思う。
最大の癖は、あなたへの恋情を必死で隠そうとすること。
これはきっと、一生治らない。
治せない癖なんです。
「譲くん! どうしたの?」
汁碗を片手に、望美が手を振る。
「先輩、今度はこぼさないようにして!」
焦って譲が叫ぶ。
でもあなたのそばにいられる今は、この癖を悟られないよう努力していきます。
景時の横に戻りながら、譲は、そう心の中でつぶやいた。
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