蔵の中 ( 2 / 4 )
「だって……」
拗ねたように望美が言った。
「私って、これという取り柄があるわけじゃないし、お料理も勉強も譲くんには全然かなわないし、好きになってもらえる理由がわからないんだもん。だから不安に…」
そこまで言って、目の前の譲がひどく驚いていることに気づいた。
「譲くん?」
「……信じられない」
「え?」
譲が両腕をつかむ。
「俺があなたのことをどのくらい好きか、まだわかってないんですか?」
「譲くん…?」
背中に腕を回して、ぎゅっと抱き締めると、そのまま黙り込んでしまった。
「俺……この世界に帰ってきたこと、ひとつだけ後悔しているんです」
しばらくたって、譲がぽつりとつぶやいた。
「後悔…?」
広い胸で視界をふさがれたまま、望美が答える。
「あの世界では、俺たちの年齢はもう大人でしょう? その……」
「?」
「…結婚だってできる……」
「…!…」
望美は、自分の顔が真っ赤になって行くのがわかった。
本当に? 本気で言ってくれてるの?
「でもこの世界では、まだたかが高校1年生で……俺はいったいあと何年待てばいいのか…」
「ほ、法律上では2年だよ!」
いきなり望美が言ったので、譲はびっくりして腕を緩めた。
「先輩?」
「譲くんが18歳になれば大丈夫」
真っ赤な顔で望美が続ける。
「わ、私は今だって大丈夫だし」
「…………」
自分のあまりに大胆な発言に、望美はようやく気づいた。
「あ! わ! ご、ごめん! 私、勝手に!!」
「先輩……本当に…?」
望美の焦りに気づきもせず、譲はまっすぐに問い掛ける。
「え…?」
「俺とで……いいんですか…?」
その眼差しの真剣さに、恥ずかしさも忘れて見つめ返した。
相変わらず少し不安そうな瞳。
優しい笑顔に戻ってほしくて、望美は大きくうなずく。
「もちろん! 私は譲くんじゃなきゃ嫌!」
「……!」
突然譲が背を向けたので、望美は自分がとんでもないことを言ってしまったのではないかと焦った。
「あ、あの……?」
向こうを向いている譲は、首筋まで赤くなっている。
「譲…くん?」
なかなかこちらを向かない。
強引に振り向かせるわけにもいかず、望美は譲の背後でもぞもぞとジャージのそでを引っ張ったり、ファスナーを下ろしたりして時間をつぶした。
譲が、ようやく掠れた声で言う。
「…すみません……。俺…今、とても見せられるような顔してないから……」
「…怒ってるんじゃない?」
「まったく、あなたは……。幸せすぎて……昇天しそうなんです」
望美の頬が薔薇色にぱーっと染まった。
「譲くん…!」
うれしくて、広い背中に抱きつく。
譲は一瞬驚いたようだったが、望美の手に自分の手をそっと重ねて握りしめた。
「すみません……。何か、どさくさまぎれに、すごいことを言っちゃって……」
「すっごくうれしかった!」
「あの、別に、今すぐどうしたいって言うわけじゃないですから」
「そうなの…?」
淋しそうなトーンで言われて、譲は焦る。
「いえ、その、したくないってわけじゃなくて、むしろ今すぐにでも、って、な、何を言ってるんだ俺は!」
くすくすと望美の笑い声が聞こえる。
「ひどいな先輩は」
溜め息をつきながら譲は言った。
「……本心を言えば、今すぐあの世界に戻ってでも、あなたと一緒になりたい。でも、俺は先輩に誰よりも幸せでいてほしいから」
ようやく、ゆっくりと身体を望美のほうに向ける。
「高校生活も、大学生活も、就職も楽しんで、あなたらしく伸び伸び生きてほしいから。そして…その上でなお、俺を選んでくれるなら……もう絶対に離しません」
「選ぶよ。必ず」
まっすぐに目を見ながら望美が答えた。
「じゃあ先輩も、俺を信じてください」
「信じる?」
譲は望美を柔らかく抱き締め、耳元で囁いた。
「俺は先輩だけが欲しい。ほかのものなんていらない。幼なじみだからでも神子だからでもなく、望美さん……あなたという女性を心から愛しているということを…」
「……!」
初めて名前で呼ばれて、熱烈な告白をされて、望美は言葉を失った。
「…………」
身じろぎもしないのに気づき、譲は少し身を引く。
望美は、無言のまま両目からぽろぽろと涙をこぼしていた。
「先輩…?!」
驚いて、思わず顔を覗き込む。
放心したような顔に、ゆっくり微笑みが広がった。
「信じる……。信じさせて……」
花がほころぶように
「大好き。」
万感を込めた言葉を口にする。
「……!」
蔵の高窓からの光を浴びて、まるで教会の中にいるように厳かに、二人は誓いの口づけを交わした。
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