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答えはもう出てる ( 3 / 3 )

 



京邸の庭に立って、夜空を見上げる。

春らしい朧月が柔らかい光を投げかけていた。

「満月……か」

この世界に来て、満月が巡り来るたび、思い出したものだった。

その名を持つ少女のことを。

明るく輝く微笑みを。




「将臣くん…!」

突然、息を切らした望美が母屋から走り出してきた。

「おう、なんだ? 何か用か?」

「よ、よかった。姿が見えないから不安になって、邸中探しちゃった」

月明かりでも、顔が蒼ざめているのがわかる。

将臣は望美の手を取ると、ぎゅっと握った。

「俺は消えたりしねえよ。しばらくはここにいるって言っただろう?」

「……うん」




あの激流の中、届かなかった手。

三年半の時を越えて、ようやく触れることができたぬくもり。

つないだ手を離さないまま、二人並んで空を見上げる。




「お月様、見てたの?」

「ああ。テレビもパソコンもないと、夜は空を見ることが多くなるな。ほら、きれいだろ。お前の名前と同じ満月だぜ」

「あ、本当だ」

「……俺はやっぱり、満月が一番好きだな」

「え…」

「三日月とか、半月と違って、出し惜しみなくて気持ちいいじゃねえか」

「な、何かイヤだな、その理由」

「そうかあ? そういうところもお前と似てるだろ」

「何それ?! ちっともほめてないよ!」

顔を紅潮させて怒る望美。

二人で顔を見合わせて笑った後、もう一度月を見る。




しばらくして、望美が口を開いた。




「ねえ将臣くん。すぐには合流できなくても、そのうち一緒にいられるようになるんだよね?」

「……そうだな。そうなるといいな」

「私、もう将臣くんと離れ離れになるの嫌だよ」

「お前のそばには譲がいるだろ。だいたいあっちにいたころだって、ベッタリ一緒にいたわけじゃねえし」

「私、わかったの。この世界では明日が当たり前に来るって思っちゃいけないって」

言葉の強さに、思わず望美の顔を見る。

あのころと変わらないと思っていた彼女の瞳に、見たことのない決意と陰りが宿っていた。

「大切なものは自分で守らなきゃ。失って後悔するくらいなら、命を賭けても戦わなきゃって。だから私は将臣くんのこともちゃんと知っていたいよ」

「……こっちに来てから、何かあったのか?」

「……!」

ぐっと言葉に詰まり、望美は目を逸らした。

こんな表情も前に見たことがない。

つないだ手が、微かに震えていた。




「しょうがねえな」

将臣は望美を引き寄せると、柔らかく抱きしめる。

「……将臣くん」

「確かにこの世界は、俺たちのいた世界とは違う。あちこちで戦はあるし、人間はあっけなく死んじまう」

望美の肩がブルリと震えた。

「だが、俺にとって本当に守りたいもの、大切にしたいものはいつも同じだ。
まあ、こっちに来てその数が増えちまったのが面倒なところだが……俺はどれもあきらめる気はないぜ。
全部守ってみせる」

「……将臣くんが大切にしたいものって…?」

望美の問いに、将臣はクスリと笑う。

「まったく……自覚ねえんだな」

「え?」

「まあ、いいさ。そのうちわかる」

そう言って身体を離した。

望美は一瞬、答えを聞きたそうな顔をしたが、将臣の背を見てあきらめた。




「さ~てと、そろそろ寝ないとな。譲のやつ、明日の朝、俺を叩き起こす気満々だろ? あっちじゃ毎朝やられてたからな」

「あ、今は私が起こしてもらってるんだよ」

「へえ~? そりゃあ譲もやりがいあるだろ」

「だって私、将臣くんみたいに、起こされても布団にしがみついて遅刻したりしないもん! ちゃんと起きてるもんね」

「どうだかな。食い物につられて起きてるんじゃねえのか?」

「う……」

図星を突かれた望美が黙ると、将臣は明るく笑った。

三年の時が嘘のように、こうやって笑えることが不思議だった。




「んじゃ望美、八葉の部屋とやらに案内してくれ」

「うん! 譲くんと寝るの久しぶりでしょ? よかったね」

「だ~から、向こうでだって一緒になんか寝てねえよ」




もう一度つないだ手の温かさを確認しながら、淡い月影の中を歩く。

未来のことはまだ何もわからない。

どうやってすべてを守ればいいのかも、今の時点では皆目見当がつかない。

だが、俺は絶対にあきらめない。

大切なものを、最後まで必ず守り抜いてみせる。




傍らを歩く少女の笑顔に、将臣はそう誓っていた。







 

 
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