答えはもう出てる ( 2 / 3 )
目の前の光景が信じられなかった。
下鴨神社の桜の中、片時も忘れたことのない少女の後ろ姿が見える。
長い髪を春風に揺らし、何かを探すようにあちこちに目をやっている。
(本当に……望美なのか? だが、なぜ……?)
夢の中でのおぼろげな約束。
まさかそれが実現するとは……。
そのとき、彼女が不意に振り向いた。
大きな瞳が徐々に見開かれ、ついには喜びにあふれて輝く。
「将臣くん!!」
記憶の中とまったく変わらない笑顔。
変わらなすぎる……笑顔。
自分と望美を隔てていたのは、単純な距離だけではなかったのだと、将臣は悟った。
三年。
流れた時間にそれだけのギャップがあった。
* * *
「てことはお前はまだ17歳、譲は16歳ってわけか。うらやましいこった」
「将臣くん、すっごくたくましくなったよね。顔つきも大人っぽくなったし」
「実際、大人だからな。もう21だぜ」
「そっか。向こうなら大学生3年生なんだ」
「ま、ここじゃ就活の必要はないがな」
望美に案内されて訪れた京邸で、会えなかった日々を埋めるように語り合う。
「そういえば兄さん、今どこにいるんだ? 京のどこかに住んでいるのか?」
譲がいれた桜湯を一気に飲み干しながら、将臣は首を左右に振った。
「いや、京には用事があって出てきただけだ。こっちの世界に放り出された時、世話になった家に今も住んでる。京からは1日以上かかるところだぜ」
「将臣くんも、私たちみたいに親切な人に助けてもらえたんだね。本当によかったよ」
「…………」
龍神の神子とやらに祭り上げられて、慣れない手で剣を握ってるお前と、気づけば還内府と呼ばれるようになっちまった俺と、どっちがラッキーなのかは微妙だけどな……。
皮肉な気持ちで、傍らでうれしそうに笑う望美を見る。
譲も、弓道で鍛えた技を実戦で使うはめになっているらしい。
この世界で生きていくには、身を守り、戦う術を身に付けなければならない。
それはわかっていても、切ない気持が胸に込み上げてくる。
制服に鞄を持って鎌倉の街を歩いていた俺たちが、人の命を奪うことができる武器を携えて日々を暮らしているなんてな……。
「それでね、怨霊を浄化して京の龍脈の流れを整えれば、白龍に力が戻って私たちは元の世界に帰れるんだって」
「……ん? 怨霊? 怨霊がどうかしたのか?」
「兄さん、ちゃんと先輩の話を聞けよ」
譲にたしなめられて、考えに沈んでいた将臣は望美の話に意識を向ける。
「だから、怨霊を浄化すると、京の龍脈の流れを整えられるんだって」
「……浄化」
「うん。浄化された怨霊は京を流れる龍脈に戻るから、復活することはないって」
「怨霊を……消滅させられるのか」
「そうだよ」
どれほどわが身を傷つけても、どれほどの血を流しても、死ぬことさえできない……。
敦盛の、経正の苦悩が脳裏に蘇る。
平家にとって、使役する怨霊は強力な武器だ。
浄化されては兵力を削がれてしまうが、彼らの魂に平安を与えたいという願いもある。
「……そうか。怨霊ってのは、どうやったって消えないと思ってたぜ」
「浄化できるのは先輩だけなんだ。だから、怨霊退治に引っ張り出されて……」
「譲くん、私は大丈夫だよ。だって怨霊を浄化すればするほど元の世界に戻る日が近づくんだから」
「元の世界?」
「本当に聞いてなかったんだな、兄さん。怨霊を浄化すれば白龍の力が強くなる。そうすればもう一度、時空を跳躍できるんだよ」
「……帰れる……っていうのか? あの世界に、もう一度……?」
最初の1年はそれでも夢に見た。
いつか、あのときと同じような偶然が起きて、元の世界に帰れる日がきっと来ると。
だが2年目、自分の居場所やさまざまな義務が生まれて、そういう希望は霞み始めた。
そして3年目。
平家一門を救い、穏やかに暮らせる場所を探すことが生きる目的となった。
自分の中にまだ、帰りたいという気持ちがあるのかさえわからなくなっていた。
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