騎士 ( 1 / 2 )

 



「危ない!」

声とともに力強い腕が花梨を抱きとめた。

彼女の脚はブランと宙に浮いている。

あるはずの地面は、崖の下に崩れ落ちていた。

「!!」

「……落ち着いて。どうか動かないでください」

そろり、そろりと慎重に後退していく。

辺りの地面はもろく、いつ崩落してもおかしくない状態だった。

声の主は、花梨を片手に抱えながら、木の根や太い枝などを手がかり、足がかりにして、徐々に崖っぷちから離れていく。

ようやく、足下の地盤がしっかりとした場所にたどりつくと、軽く息をついて花梨を下ろした。




「お怪我はありませんか、神子殿」

「幸鷹さん! ごめんなさい、私、どうしてこんなところに」

青ざめて辺りを見回す花梨の額に、幸鷹がそっと触れた。

「熱が……。質(たち)の悪い幻影に惑わされたのかもしれませんね。
心当たりはおありですか?」

「幻影……?」




そう言われて、花梨はこの場所に来る前の自分の行動を思い起こしてみた。

勝真・彰紋と怨霊の封印をして回り、彰紋とは朱雀門で、勝真とは四条の邸近くで別れた。

勝真は邸まで送ろうとしてくれたが、京職の仲間が呼びに来ていたため、花梨が遠慮したのだ。

最後の道のりを一人でたどる途中、年老いた女性に話しかけられて……。




「おそらくその者が術者だったのでしょう。
何らかの呪いを神子殿にかけて、このような場所に踏み込ませたと……」

突然、幸鷹がスラリと打刀を抜いた。

「幸鷹さん?」

「そして、それだけでは飽き足らず、とどめを刺しに来たようです。
神子殿はどうか私の後ろにいらしてください」




いっせいに林が鳴り、いくつもの影が飛び出してきた。

花梨を背に庇うと刀を正眼に構え、勢いよく踏み出す。

幸鷹は先頭の影を横様に薙ぎ払った。

「キャッ!!」

思わず目をつぶった花梨の耳に、悲鳴の類いは聞こえない。

「……?」

「式神です! 神子殿、ご用心を!」

目を開けると、幸鷹の切っ先に捕らえられた影が、次々と人の形の紙に変わっていくのが見えた。




斬っても斬っても、地の底から湧き出るように人影は襲いかかってくる。

幸鷹の攻撃は的確だったが、疲れを知らない敵が相手では分が悪い。

「幸鷹さん、技を!」

花梨は叫んだ。

「しかし」

「五行の力を送ります! 天輪金射を!!」

祈りのポーズをとった花梨に、幸鷹はしぶしぶ頷く。

「わかりました。お力をお借りいたします」

花梨の体内にみなぎる気が、一点をめがけ勢いよく流れ出した。

奔流にも似た激しさを全身で受け止め、幸鷹は凛とした声を響かせる。

「日輪の輝きよ、今こそ闇を照らせ。天輪金射」

次の瞬間、辺りは金色のまばゆい輝きに包まれた。




隅々まで満ちる清浄な光。

すべての陰影が消え去っていく。

花梨は自分の身体が、大気に溶け込んでいくような気がした。




「神子殿!」

突然、ガクンと上半身が傾いた。

肩を支えてくれる腕に気づく。

「……あ」

「大丈夫ですか? どうかお気を確かに」

幸鷹の心配そうな瞳がすぐそばにあった。




閉ざされていた視界が徐々に広がり、「式神だった」紙片が無数にまき散らされているのが目に入る。

「うわ……すごい数……」

「残念ながら、術の使い手は逃げ去ったようです。
後を追いたいところですが、今はあなたを優先します」

「え?」

と、問い掛ける暇もなく抱き上げられていた。




「ゆ、幸鷹さん!!??」

「申し訳ありません、体調が悪いときに無理をさせてしまいました」

「わ、私、歩けますよ」

「それはご自分の顔色が見えていないからです」

幸鷹は問答無用で、飛ぶように林を抜けていく。

花梨は必死でつかまりながら、自分の手が小刻みに震えていることに気づいた。

頬や額がほてり、全身が熱い。

確かにベストコンディションとはとても言えない状態だった。