「神子……いえ、花梨さん、どうか、あまりお気遣いなく。
この先は自分で何とかできると思いますから」
「……………」
家への道々、繰り返される幸鷹の言葉を聞きながら、花梨はだんだんと腹が立ってきた。
彼が自分に迷惑をかけまいとしているのはよくわかる。
だけど……!
無言のままガチャガチャと玄関の鍵を開けると、花梨は身体をずらし、中に入るよう幸鷹を促した。
「……お邪魔いたします」
律儀に頭を下げ、こじんまりとしたエントランスに数歩踏み込む。
花梨は内鍵をしっかり掛けると、こちらを振り返った幸鷹の胸に飛び込んだ。
「……!!」
そのまま首にしがみついて自分から唇を重ねる。
幸鷹は、一瞬立ちすくんだ。
(ひどいです)
一生懸命キスをしながら花梨は心でつぶやく。
(私は他人じゃないのに! 私だって幸鷹さんのことを、一緒に考えたいのに!)
「……………」
不器用に顔をぶつけてくる彼女の背中に、幸鷹は応えるように腕を回した。
そして、徐々に強く抱きしめ、恋人同士のキスを返す。
その後、気づくと花梨はリードされる一方になっていた。
* * *
「ゆ、幸鷹さん、……そろそろ中に入りましょう?」
キスがいつまでも終わらない気がして、花梨は唇が離れた瞬間、早口で言った。
「……! ああ、失礼いたしました」
初めて気づいたというように、幸鷹が腕を緩める。
自分から始めたとはいえ、花梨の頬は羞恥で真っ赤に染まっていた。
そもそもまだ、そんなに何度もキスしたことがあるわけではないのだ。
(それに今のキス、何か今までで一番長かった気がする……)
くるっと背中を向けると、呼吸を整え、スリッパを出すために靴箱の扉を開けた。
明るい光が注ぐ南向きのリビング。
3カ月以上離れていた自宅は、ほっとするほど暖かく、居心地がいい。
その中央にあるソファに、幸鷹が腰を下ろしていた。
何もかもが異質な京にいるときには、いまひとつわからなかったが、こうして自分の暮らす空間の中で見ると、長い睫毛に縁取られた思慮深い瞳、艶やかな髪、まっすぐ通った鼻筋、長い手足、すべてがとても美しい人なのだと実感できる。
「……おいしい……。記憶のとおりの味ですね……」
紅茶のカップをソーサーに置きながら、感慨深げに彼が言った。
「では、お電話をお借りできますか、神子……花梨さん」
「は、はい。携帯より、家の電話のほうがいいですよね?
私、席を外したほうが?……」
まるで自分が電話をするかのように、胸がドキドキしている。
腰を浮かした花梨の手首を、幸鷹はそっと握った。
「……お見苦しいところを見せしてしまうかもしれませんが…………
もしよろしければ、そばにいていただけますか……?」
「……!! ……はい……!」
幸鷹の手を両手で包むと、花梨は大きくうなずいた。
ほっとしたように微笑み、空いているほうの手でソファの横の電話の子機を取り上げる。
「8年……。声もずいぶんと変わってしまったでしょう。
信じてもらえるかどうかわかりませんね……」
「幸鷹さん……」
それでもためらいを振り切り、外線ボタンを押す。
花梨はたまらなくなって、もう一度幸鷹に抱きつき、キスをした。
「神子殿……?」
「うまくいくように、おまじないです」
幸鷹がくすっと笑う。
「ありがとうございます。龍神の神子のおまじないなら、効き目は確かですね」
「はい! 保証書付きです」
「…………」
花梨に返礼のキスをした後、幸鷹は再度子機と向かい合った。
1つひとつ、確かめるようにボタンを押していく。
ほんの8桁の短い数字。
最後にスピーカーフォンのボタンを押したので、呼び出し音が花梨にも聞こえた。
「いいんですか?」
「はい。どうか、ご一緒に」
幸鷹は花梨とつないだ手をぎゅっと握る。
花梨も、励ますようにその手を強く握り返した。
<2につづく>
|