永遠にも思われる時間、呼び出し音は鳴り続けた。
(留守? まだ早い時間だし)
幸鷹も同じように感じたのか、通話を切るボタンに指をかける。
次の瞬間、受話器がカチッと上がる音がした。
「「!!」」
「お待たせいたしました、藤原です」
スピーカーから、女性の声が流れ出した。
息が少し弾んでいるところをみると、離れた場所から走ってきたのだろう。
幸鷹は、何かに打たれたかのように硬直していた。
「もしもし?」
電話の向こうの声が、少し曇る。
焦った花梨が、代わりに話そうと身を乗り出したとき
「…………お母さん。幸鷹です……」
ぽつりと、口を開いた。
帰還 2
長い長い沈黙。
向こう側でも、こちら側でも、声はまったくしない。
(このままじゃ、イタズラ電話だと思われちゃう!)
花梨は先を促そうと、幸鷹の顔を懸命に覗き込んだ。
だが幸鷹は微動だにせず、ただひたすらに電話の向こうの返事を待っている。
「…………幸鷹……」
問いかけにさえなっていない、微かな声が聞こえた。
花梨の手をギュッと握ると、静かに、穏やかに幸鷹が告げる。
「……長い間……ご心配をおかけしました、お母さん……」
「!!」
言葉にならない息づかいが続いた後、
「…………幸鷹…!!」
電話の向こうの人は泣き崩れた。
* * *
その後の会話は驚くほどスムーズに進んだ。
すぐに迎えに行くという母を押しとどめて、「こちらから参ります」と幸鷹が告げる。
花梨の家からのおおよその所要時間を伝え、相手を落ち着かせると、幸鷹は通話を終えようとした。
その途端、悲鳴のような声が響く。
「電話を切らないで…っ!!」
「……お母さん……?」
あまりに長い年月、待ち続けた息子の声。
この通話が切れたら、また彼はどこかに行ってしまう。
幸鷹の母は、そう思ったようだった。
彼女の悲痛な想いに、花梨も胸を締め付けられる。
「けれどお母さん、そちらに向かうためには……」
「お母様は携帯を持っていらっしゃいませんか?」
花梨が幸鷹に尋ねた。
「お母さん、携帯は持っていますか?」
すぐに肯定の返事が告げられる。
「では、番号を教えてください」
彼女が読み上げる番号を、花梨は自分の携帯に打ち込んだ。
電話の向こうで、携帯の呼び出し音が鳴る。
「こちらの携帯をつなぎっぱなしにします。
乗り物の中などではお話できませんが、よろしいですか?」
「……ありがとう、幸鷹。私もお父さんたちに連絡を入れるわ。
でも、この電話だけは切らないでね」
「わかりました。……家は、……昔の場所にありますね?」
「当たり前よ。幸鷹が帰ってくるまで、離れたりするものですか……!」
再び、涙で声が途切れる。
花梨も先ほどから、一緒になってボロボロ泣いていた。
幸鷹の母は、一度も「本当に幸鷹なの?」とは尋ねなかった。
たった一言で、紛れもないわが子だとわかったのだ。
母と子の絆の強さが、そして、8年間もそれを断ち切られていた辛さが、わずかな言葉のやり取りからも伝わってくる。
「花梨さん、どうかそんなに泣かないでください」
「だって! だって! お母様がかわいそうで……!」
幸鷹は泣きじゃくる花梨の肩に手を回し、なだめるように抱き締めた。
「いつもいつも……あなたがいてくださるから、私は強くあれるのですね」
「そんなこと……」
「ありがとうございます。あなたにお会いできて、本当によかった。神子殿……」
もうほどなく、使うことがなくなるだろう名前で、幸鷹は花梨を呼んだ。
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