決意のとき ( 2 / 2 )
「二ノ姫も同じだと…?」
「少なくとも千尋は、自らその道を選びました」
ギュッと拳を握ると、風早は立ち上がった。
「…ならば俺はそれを見守り、影から助けるしかない」
「待て、風早」
俺は姫を横抱きにして立ち上がり、風早に差し出した。
「…忍人?」
「ならばおまえが連れて行け」
「でも」
「少なくとも俺は、この長い髪をどうしてやることもできん」
「!」
意外そうに目を見開いた後、風早は微笑んだ。
「…そうですね、まだ今は」
「…どういう意味だ」
「いえ」
できるだけ静かに、姫の身体を風早に託す。
よほど疲れているのか、彼女はぴくりとも動かなかった。
急に腕の中が虚ろに感じられる。
「これは始まりで、千尋はこれからも苦しみ続けることになります」
森の入り口への道を辿りながら、風早が妙に確信のある口ぶりで言った。
「彼女は人の命を奪うことに慣れたりできない。戦いが続く限り、苦しみは終わらないでしょう」
「………」
幼子のように眠り続ける白い貌。
「…そうでなくては困る」
「え?」
「人の命の重さをわかっている王でなくては……意味がない」
風早は黙って俺の顔を見つめた。
「何だ」
「ありがとうございます、忍人」
「何が」
「俺は姫に……そういう人間になってほしかった。だからそうお育てしたつもりです。間違っていなくてよかった」
「いや、おまえはいろいろと間違っているぞ」
「そうですか?」
「いかに平和な世界で育ったとはいえ、二ノ姫は警戒心がなさすぎる。直感的に動きすぎるし、感情にも流されすぎだ。人の面倒は見たがるくせに、自分の辛さは一人で抱え込むし…」
そこまで言って、風早が笑っていることに気づいた。
「何がおかしい」
「いえ。君の言うことはいちいちもっともなんですが、何だか褒められているような気がして」
「どう聞けばこれが褒め言葉に聞こえるんだ」
クスクスと笑いながら「どうしてでしょうねえ」と呟く。
俺は馬鹿馬鹿しくなって口をつぐんだ。
森の中を風が渡り、二ノ姫の髪が光りながらそよぐ。
「…だが」
言葉が勝手に唇からこぼれ出した。
「……よき王となるだろう……もちろんこれからの努力次第だが」
「…ありがとうございます」
今度は正真正銘の褒め言葉だったのに、風早の横顔はどこか寂しそうだった。
言葉を継ごうとして、やめた。
うまく言えそうにないし、この男も理由を言う気はないだろう。
森の入り口から明るい光が差し込んでくる。
それを背に、長身の影がじっと佇んでいた。
そばにはもう少し小柄な影が見える。
「遠夜と那岐ですね」
「船に入る姫の姿を兵たちに見られないよう、狗奴に囲ませよう」
二人のそばをすり抜けて、俺は森の外へ駆け出した。
ようやく、待ち望んでいた王を戴けるかもしれないという、胸の高鳴り。
あの少女がこれからどれだけの慟哭を重ねるのだろうという、心の痛み。
その両方を感じながら、俺はおのれの使命をもう一度自分に言い聞かせる。
俺は彼女を守らねばならない。
たとえ、この命に代えても。
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