決意のとき ( 1 / 2 )

 



兵士たちの称賛を浴びながら、蒼白な顔で必死に微笑む姿は痛々しかった。

戦闘の始末を終え、皆が態勢を立て直した後、森の奥に駆け込む後ろ姿が見えた。

俺はその背中を追う。




案の定---。

泉のほとりの木にしがみついて、胃の中のものを全部戻している。

先ほどの戦闘で、彼女は初めて生身の人間を射た。

射られた相手は血しぶきを上げ、断末魔の叫びを洩らして倒れた。

中つ国の兵士の背を切り裂こうとしていた剣は地面に転がり、一人の命が確実に救われた。

だが、彼女にとっては自分が奪ってしまった命のほうが重いのだろう。

胃が空っぽになっても、ひどい吐き気が繰り返し彼女を苛んでいた。




「二ノ姫」

はっと息をのむ声が聞こえ、口元を拭って彼女が振り向く。

顔色はさっきよりさらに青かった。

「…おしひ…」

「無理にしゃべるな。それだけ吐けば喉がやられただろう」

図星だったのか、口に手を当て、きまり悪そうに目をそらす。




俺は腰から竹筒を取ると、差し出した。

「口をすすいで、少しずつでも飲んでみろ。水分をとらねば、すぐに倒れるぞ」

少し意外そうな表情。

おそるおそる手を伸ばすが、また吐き気に襲われたらしく、急に背中を向けた。

俺はひとつ溜息をついて、片手を彼女の前に回し、もう一方の手で背をさする。

哀しみと辛さを吐き出そうとするように、彼女の全身が大きく波打った。

両目からはポロポロと涙がこぼれている。

これは吐き気などではなく、彼女の慟哭なのだと……細い身体を支えながら俺は思った。




口をすすぎ、顔をぬぐってひと心地ついたのはずいぶんたってからだった。

かすれた声で謝罪しながら、後半はほとんど俺に身体を預けていた。

金色の髪がほつれ、疲れきった白い顔に幾筋もの影を落とす。

半ば気を失った彼女を抱えたまま、俺は泉から少し離れた木の根元に腰を下ろした。

「……少し眠れ」

低い声で囁くと、一瞬、「でも…」というように唇が動く。

が、すぐにそのままコトンと頭が落ちた。




ようやく訪れた眠りを安らかなものにするため、俺は髪飾りを外した。

微かな音とともに、驚くほど長い髪が肩にこぼれ落ちる。

木漏れ日に輝く金の光は、まるで彼女を外界から守るかのように包んでいた。




二ノ姫が育った世界では、自ら武器を取って戦う機会などなかったのだと、風早が言っていた。

学問を身に付け、人々と笑い交わし、飢えることも命を狙われることも想像すらしない平和な世界。

「……君は、戻ることなどなかったのだ」

無心に眠る顔に囁く。




「忍人の口からそんな言葉を聞くなんて意外ですね」

穏やかな声とともに、草を踏み分ける足音が近づいてきた。

「戻るのが遅すぎる……と、言うかと思っていましたが」

おそらくは俺と同じころ、この場所に着いていた風早が姿を現す。

俺は溜息をついた。

「ずいぶんのんびりとした登場だな。手を貸そうとは思わなかったのか」

「必要ならいつでも。でも、そうは見えませんでしたから」

手を伸ばすと、二ノ姫の前髪を軽く梳く。




「……中つ国の王としては、不在の期間は長過ぎた。どれだけの命がその間に失われたかわからん……」

風早は、姫を見つめたまま黙っている。

「だが、……彼女はごく普通の少女だ。なぜ無理矢理玉座に押し上げる必要がある…?」

「君だって、ごく普通の少年でしたよ、忍人」

意外な言葉に、顔を上げた。

風早は、少し哀しそうな瞳で俺を見ている。

「王の子、葛城の子、土蜘蛛の子……。そんな者はいません。誰もが最初はごく普通の子供で、与えられた役割や使命と戦うことで変化し、成長していくんです」