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かくれんぼ ( 2 / 3 )



いつものとおり、四条に戻ってきた武士団の者たちに警備を引き継ぐと、頼忠は邸の門を出た。

遠い山の端がうっすらと浮かび上がり、夜明けが近いことを告げている。

(神子殿はまだ目覚められまい)

ほっと一息つくと、白河への道をたどり出す。そのとき

「頼忠」

不意に声を掛けられた。




「……別当殿……?」

闇を透かして、知り人の面差しを見分ける。

「ええ。やっと会えましたね」

内裏への出仕前なのか、一分の隙もなく正装した幸鷹が、牛車を控えさせて立っていた。

「そういえば……先日、武士団にお運びいただいたとのこと。不在にしておりまして申し訳ございませんでした」

「いえ、それはいいのです。今、少し話をしてもかまいませんか?」

「はい」

頼忠が頷くと、幸鷹は彼を牛車の中へと誘(いざな)った。

滅相もないと固辞するのを説得し、御簾で仕切られた空間に向かい合って座る。

頼忠はいかにも居心地が悪そうだった。




「……それで……お話とは……?」

牛車が車輪を軋ませながらゆっくりと動き出すと、頼忠は口を開いた。

「その前に頼忠、先日、院の御幸の警護をしたのはあなたですね?」

「はい」

幸鷹のまっすぐな眼差しを受け止めながら、頼忠は答えた。

「三日ほど京を離れたとか」

「はい。院が近江の園城寺に詣でられましたので」

「その間、四条の邸の警護は?」

初めて、頼忠の表情が微かに動いた。

「……武士団の者たちが、怠りなく務めました」

「…………」

幸鷹は、真実を見極めようとするかのように、頼忠の顔をじっと見つめる。




「……あの、別当殿?」

「そのことについて、神子殿と何か話しましたか?」

今度こそ、頼忠の顔にはっきりと動揺が表れた。

「そ、それは……」

「話したのですね? 神子殿は最近頼忠が姿を見せないことをとても心配しておいでなのです。そのときの会話に何か問題があったなら」

「問題などはございません!」

珍しく、幸鷹の言葉を遮るように頼忠が言った。

「……頼忠?」

「あ……! も、申し訳ございません」

我に返ったように目を一瞬見張ると、頭を深く垂れる。

幸鷹はなだめるように穏やかな声で言った。

「いえ、同じ八葉同士、遠慮はいりませんよ。それより神子殿とどんな話をしたのですか?」




頼忠はうつむいたまましばらく無言だったが、やがて口を開いた。

「私が四条の邸に帰着のご報告におうかがいした際……」

「ええ」

「……不在中何も不足はなかったと。それより毎晩宿直に立っていては体に悪いから、これからも他の者にまかせてきちんと休むべきだと……」

「そう神子殿が?」

「はい……。おっしゃいました」

頼忠は肩を落とし、絞り出すように続ける。

「私は武士として、八葉としての役割を果たしているつもりで、知らぬ間に神子殿にご心労をおかけしていたのです……。ですからその後は、神子殿のお目に触れる場所に出るまいと決め、そう振る舞ってまいりました。
しかしそれも……それすらもご心配の種になっていたとは……! 私は考えが浅すぎます! やはり八葉の任には到底向かぬ人間だと」

「頼忠、お待ちなさい!」

今度は幸鷹が頼忠の言葉を遮る。




「……別当殿」

「少し落ち着きなさい」

幸鷹は、目の前の真面目すぎる男を半ば呆れ、半ば感心しながら見つめた。

「つまり、神子殿に『休め』と言われたので、働いている姿を見られないようにした、ということですね」

「は……」

頼忠が再び頭を垂れる。

「加えて、青龍は先日解放しましたので、勝真さえいれば当面供に立つ必要もないと考えました」

「なるほど……。理屈は通っていますね」

「…………」

微動だにしない武士に、これ以上何かを語らせるのは無理だと幸鷹は悟った。

ひとつ息をついてから口を開く。




「わかりました。では神子殿には、頼忠は院の警護で多忙なため、もうしばらくは御前に上がれないとお伝えしましょう」

「かたじけのうございます」

頼忠は深々と頭を下げた。

「ただ、勝真殿が不在の折に木の気が必要となることもあります。朝、神子殿をお訪ねする役目だけは果たしてもらえませんか」

「それは……」

「何か不都合でも?」

「…………」

頼忠が黙り込んでいるうちに、牛車は御所のそばへとたどり着いてしまった。

車を降りながら「努力いたします」と彼がつぶやいた一言で、幸鷹は満足するしかなかった。



 

 
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