かくれんぼ ( 1 / 3 )
「頼忠が……ですか?」
「はい。このところずっと、訪ねてきてくれないんです。私、何か怒らせるようなことしちゃったかな」
「おやおや、白菊は目の前にいるわれわれよりも、不義理な頼忠のことのほうが気になると見える。これはまた、通う甲斐のない姫君だね」
「そ! そんなんじゃ…!!」
天地の白虎と京を回った後、帰り着いた四条の邸。
花梨の局で、三人はしばしの休息を取っていた。
幸鷹は姿勢を正して座り、翡翠は柱にもたれて長い脚を投げ出している。
対照的な二人に、花梨はおずおずと話を切り出したのだ。
「翡翠殿、神子殿は真剣なのですよ。そして、われわれを見込んでご相談くださっている。そのように茶化すのはおやめなさい」
「なるほど、それは大変名誉なことだねえ、別当殿。では神子殿、先を続けたまえ」
花梨は少し頬を染めながら、「ええっと……」と、言葉を継いだ。
「幸鷹さんは院御所に行くことも多いから、武士団の様子を見てくることはできますか?」
「ええ、もちろんです。明日にでも訪ねて参りましょう。頑健な武士と言えど、病を得ている可能性もありますし」
「えっ! そ、そうだったらどうしよう」
花梨が動揺すると、翡翠がクスッと笑った。
「それはないから安心したまえ、可愛い人」
「? 翡翠さん?」
もたれていた柱からようやく身を起こし、花梨に微笑みかける。
「昨日、彼が朱雀大路を歩いているのを見かけたからね。病気はもちろん、ケガなどを負っている様子もなかったよ」
「そうですか! あ! ……よかった」
いったん明るく輝いた花梨の表情は、すぐに沈んでしまう。
頼忠が自分の意志でこの邸に来ないのだとわかったからだ。
「神子殿、きっと何か理由があるはずです」
「理由が何であれ、君にそんな顔をさせる男は捨て置けないね」
「幸鷹さん、翡翠さん……」
必要以上に花梨に接近しようとする翡翠をギュウギュウ押し戻しながら、幸鷹は「まずは私に……われわれにどうかおまかせください」と言い切った。
「あ、ありがとうございます、幸鷹さん」
「……ほう、別当殿には何か具体的な策でもあるのかな」
「ええ、まずはあなたをここから連れ出す! それが最初の一手です」
翡翠の腕を両手で抱えながら、幸鷹は花梨の局を辞す。
いまひとつ事態がわかっていない花梨は、
「……あの二人、思ってたより仲がいいのかな……?」
とつぶやいた。
* * *
「いつもどおり四条に……ですか?」
「はい」
翌日、武士団に頼忠を訪ねた幸鷹は、留守居の人間から意外な言葉を聞かされた。
頼忠はこれまで同様、毎日四条に行く旨を告げて武士団を出ていると言うのだ。
「しかし……」
「そういえば先日から、警護の人数が……あ、少々お待ちください」
幸鷹の対応をしていた武士は、視界に入った男を手招きして呼び寄せた。
夜勤明けらしいその武士は、少し眠そうな顔でこちらにやってくる。
「おまえは四条の邸を頼忠とともに警護しているはずだな」
「あ……は、はい……」
問われた男は、少し困ったような顔で幸鷹をちらりと見た。
「何か、気になることでもあるのですか?」
「こちらは院のご信任篤き検非違使別当殿だ。妙な隠し立てをせず、はっきり申し上げぬか」
「は、はい! 実は、その、正確には……」
「正確には、夜中に頼忠と交替している?」
「ええ。そう言っていました」
祇園社の境内。
四条の邸と白河の中間地点にあるということで、幸鷹は翡翠とここで待ち合わせていた。
「どういうことかな? 頼忠はもともと四条の邸を一晩中警護していたのだろう?」
腕を組んで石組みの柵に腰掛けると、翡翠は幸鷹に問い掛ける。
「そうですね。武士団の棟梁に命じられてからは、部下数人と手分けして警備に当たっているはずです。その武士が言うには、一度頼忠が院の警護のため、どうしても四条に行けなかったことがあると」
「なるほど。それで?」
「いつもより警備の人数を増やし、特に問題なく終わったらしいのですが、それ以来人数が増えたままなのだそうです」
「…………」
翡翠は長い髪を片手で弄びながら、しばらく虚空を見ていた。
「ちょうど武士団を訪ねた時、邸の警備に当たっている武士と話すことができました。彼が言うには、頼忠は夜中に武士たちを返して警護を引き受け、夜明け前にまた彼らと交替して帰っていくと。そして、そのことを武士団に報告する必要はないと言っているそうです」
「どうせ頼忠が警護をしている間、その武士たちは眠りこけているか、酒を飲んでいるか、女のところにでも行っているのだろう?」
コホン! と、幸鷹は咳払いをした。
「具体的にはわかりませんが、辛い宿直(とのい)を免れるのですから悪い話ではないでしょう」
突然、翡翠がくすくすと笑い出した。
「翡翠殿?」
幸鷹に責めるように呼び掛けられて、「やれやれ、どうしたものかな」と立ち上がる。
「あなたには何かおわかりになったのですか?」
「わかりすぎて気が抜けたよ。おまけに、解決する気も失せた」
「な?!」
翡翠は幸鷹に背中を向けると、
「神子殿へは私が策を授けよう。そのくらいの役得がなければ」
と、言い放った。
「これでおしまい」というように、手をひらひらさせて境内から出て行く。
「翡翠殿!」
「君とて『現象』は理解しているはずだ。あとは直接頼忠に尋ねるのだね」
「……!」
翡翠の後ろ姿を見送りながら、幸鷹はこぶしを握ってつぶやいた。
「頼忠が神子殿を避ける理由……。顔を合わせたがらない理由……ですか」
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