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発熱1 ( 2 / 3 )



「……冷凍庫ならいいのかな」

冷蔵庫禁止令を出された譲は、春日家のキッチンで腕組みしながら考えていた。

「アイスノンとか入ってるといいんだけど……」

冷凍庫の引き出しを探ると、幸い目的のものが見つかった。

早速タオルに包む。

それを持って2階に上がりかけ、枕元の水がもう切れているのを思い出した。

「そうだ、スポーツドリンクとか…」

少しでも吸収のいいものを…ということに気を取られ、気づくともう冷蔵庫のドアを開けていた。

「!!!」

開いたドアの中、冷蔵庫の一番下の段いっぱいに、それはあった。




うとうとしかけた望美に、譲の声が届く。

「先輩、ちょっと頭を動かしますよ」

「ん……」

タオルに包まれたものが差し入れられ、やがてひんやりとした感覚が伝わって来る。

「気持ちいい……」

「よかった……。寝不足が原因なんだから、よく寝てください」

優しい声に促されてすうっと呼吸が穏やかになる。

まどろみの心地よさに身を委ねながら、それでも望美の頭のどこかで警鐘が鳴り始めた。

冷たいもの……寝不足……なんでそんなこと……?!

意識がパッと晴れる。

「うわっ! どうしたんですか!?」

突然起き上がった望美に譲がのけぞった。

「ゆ、ゆ、譲くん、れ、冷蔵庫!」

「あ……」

困ったなという顔で譲が視線を落とし、とりあえず「身体が冷えますから」と、もう一度望美を寝かしつける。望美は無言のまま布団で顔を隠した。

「すみません。スポーツドリンクを探してついうっかり開けてしまって」

布団に軽く手を置いて、譲が言った。

「…見た……よね…」

手の下からくぐもった声が聞こえる。

「……あんなに…大変だったでしょう? いったい何時間キッチンにいたんですか?」

「…………」




しばしの沈黙の後、譲が口を開く。

「…うぬぼれじゃなければ……俺のために作ってくれた…んですよね…」

返事の代わりに、布団がかすかに揺れた。

その場所を愛おしそうに撫でると、ひどくすまなそうな声で続ける。

「先輩……そのせいで風邪をひいたのなら、本当にすみません……」

「!! ち、違…!!」

譲が、まったく責任のないことで自分を責めるのではないかと焦った望美は、あわてて布団をはねのけた。

が、望美の声を聞くため乗り出していた譲の顔が思ったよりずっと近くにあり………

気づくと、お互いの唇は重なっていた。

「…………!」

「…………!」




事態を把握するまで数秒、把握してからも数十秒……。

たっぷり1分以上たってから、望美が譲の肩に手を添え、唇を離した。

「……風邪、うつっちゃう…」

ベッドの上に座り直し、赤い顔で俯く。

「…俺のせいですから、かまいません」

譲が、ささやくような声で答える。

ブンブンと望美の頭が左右に振られた。

「違うの。普通の女の子だったらもっとずっと簡単に、おいしくて見栄えのいいチョコレートを作るよ。風邪ひいたり寝不足になったりしない。なのに私ったら絶望的に不器用で、絶望的に料理音痴で」

「この世の誰よりもかわいい…」

ふわっと、後ろから譲が抱き締めた。




「譲くん…」

「先輩、俺はあなたが……俺のためにチョコを作ろうとしてくれたことが……俺のために時間を使って努力してくれたことが……泣きたいくらいうれしいんです。あんなに、何枚も板チョコを溶かして」

「三十枚……」

「さ…三十枚も溶かして、煮たり焼いたり揚げたり固めたり…」

「ことごとく分離しちゃうのはなぜなんだろう……」

「…その努力が…! うれしいんですっ…!」

「譲くん…」

半べそ状態の望美の瞳を見つめると、今度はゆっくりと、桜色の唇に自分の唇を寄せる。

触れた場所から溶けてしまいそうな、柔らかさと温かさを味わいながら

(どんなチョコよりも甘いのは、あなたですよ、先輩)

と、心の中で囁いていた。

 

 
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