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初恋 ( 5 / 7 )

  



「だってあなた…は……ずっと、『望美』を待っているの…でしょう?」

心から申し訳ない…という表情を浮かべて彼女が言う。

「私が居座っていたら、あなたが『望美』に会えない。私は早く……消えなければならない……」

語尾が消え入ってしまう。

震える肩。

嗚咽が漏れる。

「……違う…!!…」

荒れ狂う嵐のような感情をすべて飲み込もうと、俺は必死で努力した。

深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

そして彼女を静かに下ろし、負担をかけないようそっと胸に抱き寄せた。

「…違うんです、先輩……」

俺が先輩と呼んだことに、彼女が驚いた。




「俺は本当に幸福で……あなたが俺だけを見つめてくれて、俺に好意をもってくれて……。その幸せに酔ってしまいそうだった……ずっと…」

とうとう始めてしまった……告白。

「譲さん…」

不思議そうに見つめる彼女に微笑む。

「だって、記憶を失う前のあなたには、そんなこと、絶対望めなかったから…」

「…?」

「あなたは兄さんが好きだったんですよ」

そう。

どんなに認めたくなくても、それは事実。

「……将臣くん…を?」

「ええ。記憶が戻ったら、その気持ちもちゃんと思い出せます」

これ以上顔を見ているのが辛くて、目を伏せた。




「だから間違えないで。俺なんかを好きになったと誤解しないで。今、あなたは混乱しているだけだから。
記憶が戻った時に後悔しないよう、これ以上俺に近づかないでください……」

思わず背けた顔に、彼女がそっと手を触れた。

「…譲…さんは?」

「…え…?」

意味がわからなくて、彼女の瞳を見返す。

「…私のこと、好き? 記憶をなくす前の私のこと、好きでいてくれた?」

真剣に見つめられて、いつものようにごまかせなくなった。

ひとつ息をついて、口を開く。

「…記憶があろうがなかろうが、俺はあなたのことが好きです。この気持ちが変わることなんてない。あなたはいつでも、俺にとって一番大切な人です」

いつも心の中にあった気持ち。

それが、自分でも驚くほど滑らかに言葉になって出てきた。

彼女は目を見開いた後、ゆっくりと、花がほころぶように微笑んだ。

「…うれしい……」

フワリと空気が動く。




俺は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

気づくと彼女の腕が首に回されていて、柔らかで温かい感触が唇を覆っていた。

(え…?)

どうやらキスされているらしい、とわかった頃には、胸の中の彼女が力を失っていた。

「先輩…!」

完全に失神している。

頭の出血は止まっていたが、これまでの疲労がピークに達したのだろう。

俺はぐったりとした身体を抱き上げ、馬をつないである麓へと向かった。

一刻でも早く、邸へ。

焦る心の一方で、自分は「先輩」に目覚めてもらいたいのか、「望美さん」に目覚めてもらいたいのか、どちらなのだろうとぼんやりと思っていた。




 

 
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